Armored Core Insane Chronicle
「Episode23 ロンバルディアは燃えているか?」
3月10日

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 ミラージュ基地に着いたのは、テロが起こってから一時間強経ってからだった。バイクを適当なところに止め、急いで更衣室に向かう。自分用のロッカーを開け、Gスーツに着替える。ヘルメットを小脇に抱え、ロッカーを閉めると作戦司令室へと走る。

 作戦司令室の扉を開けると、中は意外な事に静かだった。作戦司令部長を中心に、諜報部長、調査部長、整備班長の四人が首をそろえてモニターに見入っていた。

「すみません、遅れました」

 言ってから、手近に開いている席に座った。グローリィが席に座ったのを確認してから、作戦部長が「現場はどうだった?」と聞いた。

「悲惨の一言に尽きます。ショッピングモール内は怪我人に溢れ、加えて武装したテロリストがいるようで、警官隊と交戦していました。後、MT08M−OSTRICHが一機降下してきたのを確認しています」

「調査部及び諜報部の情報と全く同じだな。違うのは、ACがいないことだ」

「ACまで!? 一体、誰ですか?」

「とりあえずは今現在の様子を確認してくれ」

 そう言って、作戦部長が手元の端末を操作した。すると、グローリィの目の前に十四インチのモニターがテーブルからせり上がってきた。そのモニターに映し出されているのは、現在のロンバルディアシティの様子で、ショッピングモールを六機のOSTRICHが囲んでいた。その中に、黒いACの姿がある。

「これは誰の機体ですか?」

「クラスAのアウイン・ストラウスの機体、リストレインだ。まったく、ふざけた奴だ」

 調査部長が苦々しげに呟いた。大半のレイヴンは企業からの依頼を受けるため、テロリストの側には付こうとはしない。テロリストの側に付けば、企業の心象が悪くなるからだ。

 だからといって、全てのレイヴンがテロリストの側に付かないわけではない。エレクトラのように、テロリストの考え方に賛同する者もいれば、金が無いから仕方なく、といった者まで。だが、これらの場合はまだ良い。質が悪いのは、不利な側が好きだというタイプのレイヴンだ。

 当然のことであるが、テロリストと企業では戦力の規模はまったく違う。正に、天と地ほどの差がある。そして、その差を埋めるのが好きという戦闘狂も多い。そういった連中ほど退こうとしないし、とにかく相手を倒そうと喰らい付いてくるので質が悪い。

「一応、O.A.Eを代表とした企業連合でレイヴンを雇うことになっているのだが、グローリィ。君にやってもらうことがある?」

「何でしょうか?」

「アウイン・ストラウスの抹殺、もしくは死亡を確認してくれ」

「それはまた何故? レイヴンにやらせればいいのでは?」

 諜報部長のアサヅキが、作戦部長に聞いた。

「O.A.Eの雇ったレイヴンは、あのセヴンだ。リストレインが撃墜されたとしても、アウインは決して死なんよ」

「確かに。あのセヴンでは、決して殺すことは無いでしょうね。分かりました、今から出撃準備に入ります」

 席を立ち上がり、作戦司令室を出る。アウインとかいうレイヴンの顔は知らないが、酷く憎たらしい。自分が何をしているのか、分からず、意味の無い人殺しの手伝いをして金を貰って、そのことに何も思わないような奴だ。ろくな奴ではない。

 人が死ねば、それ以上の人間の心にうちに憎しみの種が生まれ、それが争いの元になる。それをインディペンデンスは分かっていない。奴らに好き勝手させれば、自分のような人間が何人生まれるか、知れたものではない。


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 格納庫に行くと、いつも空いているAC用ハンガーに白い中量二脚型ACが立っていた。武装はデュアルミサイルに、両手にはGASTを持っている。ランキング一三位のレイヴン、セヴンのサクリファイスだ。ロンバルディアシティに一番近い基地がここのため、O.A.Eに貸しているのだろう。

 普段なら、O.A.Eに協力を要請されても突っぱねるのだろうが、ロンバルディア条約のせいで出来ない。ロンバルディア条約では、テロリストと戦闘行為を行っている企業または組織に協力を要請されれば、可能な限り最大限の協力を行わねばならないのだ。

 ハンガーに佇むサクリファイスを見上げながら、果たしてセヴンはアウインを殺してくれるのだろうか、と思った。作戦行動中にセヴンと出会ったとは無いが、噂によると、相手を決して殺さないらしい。AC、MT関係なく、コックピットを外し、脚を破壊したり武器だけを破壊したりなどで戦闘能力だけ奪うそうだ。その後で、撤退を薦めるらしい。

 この話の一体何処までが本当なのかは知らないが、アリーナでのセヴンを見る限り、戦闘能力だけを奪うのは本当のようだ。事実、グローリィが見てきたセヴンの試合では、彼は対戦ACのコアパーツだけには一発も弾を当てる事は無かった。

 ポケットから煙草を取り出し、加えて火を着ける。そこで、ふと思ったのだが、ここにサクリファイスがあるということは、この基地のどこかにセヴンがいるということだ。

 この基地を使用するレイヴンは、大抵、格納庫に一番近いラウンジルームで待機していることが多い。もしかしたら、セヴンもそこにいるかもしれない。

 とりあえず、顔を見ておこうと思いながら、ラウンジルームの扉を開けた。中は、優しい感じのする青年が一人、何やら物思いにふけってソファーに座っていた。青年の側に歩み寄ると、青年は俯き気味だった顔を上げた。

「何か用でしょうか?」

 と、青年は柔和な笑みを浮かべながら言った。

「失礼だが、君がセヴンかな?」

「はい、そうです。ところであなたは?」

「すまない、名乗り遅れた。私はミラージュ専属ACパイロット、グローリィだ。今日はよろしく頼むよ」

 言って握手を求めると、セヴンは素直に応じた。軽い握手を交わした後、セヴンはソファーから立ち上がった。

「挨拶しかしてませんけど、機体の最終調整をやりたいんで、失礼します」

 そう言って、セヴンは格納庫へ続く扉のドアノブへと手をやった。そこで、何か気になることでもあったのか、動きが止まった。セヴンがこちらを振り向く。

「あの、あなたも今回の作戦に参加するんですか?」

 頷いて答えると、セヴンはあからさまに嫌そうな顔をした。一体、どこに嫌がる必要があるのだろうか。大半のレイヴンならば、仕事が楽になる、といって喜びこそすれ嫌がることはあまり無い。

「そうですか……それじゃあ、今日はよろしく頼みますね」

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」

 どこか疲れたような表情を浮かべながら、セヴンは格納庫へ消えていった。そこで、何故セヴンはグローリィが出撃することを嫌がっていたのか、その理由が分かった。

 要するに、彼はアウインを殺されたくないのだ。何故殺されたくないのか、その理由は知らないが。知る必要もないだろう。しかし、いくら不殺主義といっても、少々徹底しすぎだ。企業に雇われているレイヴンを殺さないのは分かるが、テロリストに雇われているレイヴンなぞ、何人死のうが問題にはならない。

 腕時計を見ると、出撃時刻まで後二○分ほど。せっかくなのだし、ラウンジルームで一息つきたいところだったが、そんな時間は無さそうだ。

 仕方なく、格納庫に戻り、インテグラルMのコックピットに入る。機体を起動させ、機体診断プログラムを起動させる。結果は、いつも通りのオールグリーン。することも無く、シートに背中を預け、戦闘に向けて気持ちを落ち着けさせた。


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 輸送ヘリに吊り下げられて目的地へと向かう。移動中、マリーツィアからショッピングモール付近の様子が送られてきた。それによると、敵の戦力はOSTRICHが六機。クラスAレイヴン、アウイン・ストラウスのリストレインだ。それら計七機の機動兵器がショッピングモールを囲んでいた。

 さらにその周囲を企業の装甲車や戦車が囲んでいるが、お互いに撃とうとはしない。企業側からすれば、市街地で発砲すれば多大な被害を出す事になるため、撃つことが出来ない。インディペンデンス側が何を企んでいるのかは知らないが、撃とうとはしない。結果として、膠着状態となっている。

「一体、何を考えてるんだろう?」

 通信機から、マリーツィアの呟くような声が聞こえる。

「さぁな。私には分からん」

「うん。何でショッピングモールなんだろ? 企業の経営するお店が幾つも入ってるけど、軍事的に重要な物なんてあるわけないのに……何か、怖いな」

「君が怯える必要は無い。私が行くんだ、何もやらせはせんよ」

「そうだよね。うん、なら大丈夫だ」

「任せておけ」

 答えてから、もう一度ショッピングモール近辺の映像に目をやる。その中に映る一体のOSTRICHを拡大する。赤色に塗装されたOSTRICHの武装は標準のミサイルとライフルだ。他のOSTRICHも全く同じ。

 マリーツィアと同じよう、胸の中に妙な不安が生まれる。今回、インディペンデンスが何を目的としているのかが全く分からない。犯行声明も出されておらず、動機は一切不明だ。レイヴンを雇っていることから考えて、相応に重要な目的があることは容易に推察できるのだが、その目的というのが分からない。

 だが、今はそんな事を考えている場合ではない。自分がすべきはインディペンデンスの戦力を駆逐することで、彼奴らの目的を調べることではない。そういった事は、諜報部や調査部に任せておけばいい。

「セヴン。君はACを狙ってくれ、MTは私が始末する」

「了解しました。では、MTをお願いします」

 互いにそれだけ言うと通信を終える。リストレインをセヴンに任せるのは気が引けるところでもあるが、最終的に殺せばいいだけの話だ。セヴンなら、完全に戦闘能力だけを奪ってくれるだろう。見せしめにするなら、抵抗できない相手を虐殺する方がいい。

「目的地に到着しました。今から切り離します」

 輸送ヘリのパイロットから通信が入り、頭上で金属音がした。直後、Gを感じ、景色が上へと跳んで行く。地面までの距離を測り、ブースターを噴かして着地。隣に、サクリファイスが同じようにブースターを吹かしながら着地した。

 降りた先は、ショッピングモールの一番大きい南出入り口前だ。眼前には、リストレインがこちらに銃口を向けて立っていた。その横に、赤く塗装されたOSTRICHがいる。

「セヴン、頼んだぞ」

 オーバードブーストを発動させ、テロリストのOSTRICHとの距離を詰める。リストレインが銃口を向けるが、そこへサクリファイスが距離を詰め、リストレインの右腕に両腕のアサルトライフルを叩き込んだ。

 リストレインのマシンガンが、右腕のマニュピレーターごと潰される。その間にOSTRICHとの距離を詰め、ブレードの一閃を加えた。袈裟切りにされたOSTRICHは火花を散らしながら地面へと倒れこむ。

 再びオーバードブーストを起動させる。サクリファイスとリストレインが交戦しているのを確認してから、レーダーに映るMTの一機へと向かう。ミサイルとライフル弾が飛んでくるが、難なくと避け、レーザーライフルを放つ。コックピットを焼かれたOSTRICHの動きが止まる。

 そんな調子で、六機全てのMTを片付け、投入地点へ戻る頃には、こちらも既に勝負が付いていた。サクリファイスは全くの無傷。だが、対するリストレインが右腕を破壊され、肩に装備されていたミサイルとレーダーも潰されている。さらに、イクシードオービットまでもが破壊されていた。

「アウイン・ストラウス、悪いことは言わない。勝負は付いている、撤退しろ」

 通信機から舌打ちが聞こえる。アウインのものだろう。セヴンの撤退勧告を聞いて、どうしようかアウインは悩んでいるらしい。唯一残ったブレードを構えることも無ければ、逃げる素振りも見せない。その間に、リストレインの背後に回りこみ、主武装をカルテットキャノンに切り替える。

 ロックサイトの中心にリストレインを捉え、照準をコアパーツに合わせる。

『貴様、この屈辱は忘れんからな……』

 捨て台詞を残し、リストレインが反転し撤退しようとする。リストレインのコックピットに、カルテットキャノンの照準が合わさった。

 躊躇い無く、トリガーを引く。四条のレーザーが放たれ、リストレインのコアパーツを焼く。コックピット部分を抉られたリストレインは空を仰ぐように倒れた。

「グローリィさん……あなた、何て事を……」

「不服か? だがな、セヴン。こうでもしないと、君らレイヴンは報酬さえ良ければテロリスト側につく。我々企業からしてみれば、それは迷惑にしかならんのだよ。だから、見せしめのために、彼には死んでもらうしかなかった」

「そんなのが、理由になるわけないじゃないですか……」

 サクリファイスが、ゆっくりと両腕のライフルを持ち上げた。その先には、インテグラルMがいる。モニターにロックオンされていることを告げる表示が現れる。

「サクリファイスの識別信号が変更されました。気をつけてください」

 マリーツィアからの通信が入り、レーダーを確認する。今まで緑の光点で表示されていたサクリファイスが、いつのまにか赤色の光点に変わっていた。

「やる気か?」

 セヴンは答えない。銃口が火を噴く気配も無い。よく見れば、サクリファイスの銃口が、僅かに震えていた。


登場AC一覧 カッコ内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
サクリファイス(セヴン)&N7g0090a020s0cgMs0tA1Sg72wg1hrgeo08W1H#
リストレイン(アウイン・ストラウス)&Nw0i8c9j05y8y8s682A0FP1V0apr1PkCc0dswB#

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