Armored Core Insane Chronicle
「Episode24 燃えるロンバルディア」
3月10日

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 サクリファイスの銃口が震えている。火を噴く気配は一向に無い。

「セヴン。君は人が死ぬのが嫌なのだろう? だったら、この事を見過ごすべきだ。この戦争を早期に終結させるには、レイヴンがテロリストの味方をしなければいい。そうすれば、これ以上、人が死ぬことは無くなる。違うか?」

 通信機から返答は聞こえない。しばらくの静寂の後、通信機からセヴンの声が流れ出した。

「だからって……そいつを殺してよかった理由にはなりませんよ」

「そして、私を殺すのか?」

「じゃあ、じゃあどうすればいいんだ!? 教えてくれよ!? この不快感をどこに吐き出せばいいんだよ?」

「そういうものは、自分で見つけるものだ」

 通信機からセヴンの嗚咽が聞こえる。

「そんなの、そんなのも分かってるんだよ。でも、でも……」

 サクリファイスが銃口を下ろす。だが、レーダーに映る光点は未だ赤いままだ。主武装をレーザーライフルに切り替え、サクリファイスをロックオン。トリガーを引いた。サクリファイスの右肩がレーザーで焼かれる。

「悪いが、現在の君は敵なんでな、討たせてもらうよ」

「あんたって人は……!」

 サクリファイスの銃口が再び持ち上がる。セヴンに迷いは無いようだ。証拠に、サクリファイスの銃口が揺れるようなことは無い。

「君も、所詮は日和見烏ということか。そのようなレイヴンを、我々は必要としない。残念だが、危険因子には生きていられては困るのでな」

「黙れよ! この人殺しがっ!」

 サクリファイスがオーバードブーストを発動させて上昇する。サクリファイスがインテグラルの頭上を通過し、その際に弾丸の雨を降らしてゆく。死角からの攻撃だったこともあり、大半を避けきることが出来ずに直撃を貰ってしまう。

 損傷率を確認する。頭部にダメージが集中しているが、まだ機能に支障が出る範囲ではない。

 主武装をカルテットキャノンに切り替え、背後を振り向く。ちょうどサクリファイスもこちらを向きなおしたところだった。同時に、互いの武器を向け合い、同時に放つ。

 サクリファイスの右腕が吹き飛ぶ。こちらはマガジン一本分の弾を喰らっただけで、とりたてて騒ぐほどのダメージは受けていない。

「セヴン、君に一つ問いたい。何故、君は戦うのが嫌いなのに、レイヴンをやっている?」

「あんた達企業が兵器を欲するから、力を欲するからいけないんだよ。何でもかんでも、無理やり力で捻じ伏せてさ。それで、それで何人の人間が泣いたのか知ってるのかよ!?」

「知る必要は無い」

 そんなもの、統計も取ることが出来ないことを知れるわけが無い。大体、統計が取れたとしても、それが何になるというのだ。互いにぶつかり合えば、誰かが傷つき涙を流すのはこの世の定理だ。

 それが嫌だというのなら、争いを無くすしかない。争いを無くすには、元を断たねばならない。元を断たねば、戦わねばならない。戦えば、誰かが傷つき、誰かが無く。誰かが誰かを憎み、誰かと誰かがまた争う。この世は負の連鎖の繰り返しで、断たれたことは一度足りとて無い。

 だが、それでも争いを無くしたい。自分の思いつく最善の方法で。

「結局のところ、君も私も目指す物は一緒なのだが……話し合うことは出来ない。何故、だろうな」

 オーバードブーストを発動させる。サクリファイスがミサイルを放つ。

 デコイを撒いて急上昇を掛ける。サクリファイスのミサイルは全てデコイに向かう。上空から、サクリファイス目掛けてブレード光波を放つ。直撃、サクリファイスの動きが止まる。

 そのまま、重力に従い落下。サクリファイスの眼前に着地し、コックピット部分にブレードを突きつけた。

「セヴン、分かるか? 君と私の決定的な違いを」

「何で……何でそんなに迷わずに戦えるんです。怖くないんですか? 痛くはないんですか?」

「そんな感覚は、とうの昔に消したさ」


/2


「撤退しろ」

 静かにそう告げると、セヴンは何も言わずに機体を反転させた。銃口を下ろしたまま、街の外へと向かってゆく。ブースターも使わず、鈍重な足音を響かせて。

 通信機を操作し、オペレーターに通信を入れる。

「こちらグローリィ。不測があったが、作戦は完了だ。これより帰還する」

「了解しました。そこから南に行ったところにある広場に輸送ヘリを待機させてあります。そこまで向かって――上空から高速で接近する熱源一! 警戒してください」

「了解」

 答えてから、頭部カメラを上に向ける。レーダーを見るが、レーダーレンジ外らしく何も映ってはいない。ブースターを噴かして機体を上昇させ、手近なビルの屋上へと登る。着地した際、足場が僅かに沈んだ。

 頭部を動かして周囲を見渡すと、北の空から何かが近付いてくるのが分かった。その部分を拡大すると、近付いて来ているものが輸送機であることが判明した。ただ、不審なことにこの輸送機には企業の識別番号がマーキングされていない。加えて、識別信号も持っていないようだ。

 通信回線をオールバンドに開き、輸送機に呼びかける。

「こちらミラージュ専属ACインテグラルMだ。現在この空域は作戦行動中である、よって速やかなる針路変更を求む」

 輸送機からの返事は無い。もう一度呼びかけるが、やはり返事は無い。その間にも輸送機は近付き、拡大せずとも輸送機の細部が分かるようになる。

 輸送機の腹が開き、中から赤い人型兵器の姿が見える。即座に拡大、輸送機の中から現れた人型兵器は、紛れも無くACだ。装備はバズーカにグレネードライフル、両肩にミサイルとチェインガンを装備した重量二脚機体。間違いなく、フリーマンのリバティだった。

 リバティが切り離される。降下しながら、オーバードブーストを発動。リバティは真っ直ぐにこちらへと向かってきていた。

 カルテットキャノンを構え、サイトの中心にリバティを捉える。呼吸を整えて、静かに感覚を研ぎ澄ませる。そして、トリガーを引く。四条のレーザーが、真っ直ぐにリバティへと飛んでゆく。距離もそれほど遠くは無い。

 だが、リバティは急上昇を掛けてレーザーを避ける。避けた後、オーバードブーストを解除したリバティは上昇を続け太陽を背にした。そこで、リバティは上昇をやめる。

 ライフルを向けるが、太陽を背にされているため、正確な狙いが付けられない。トリガーを引くかどうか、僅かな間ではあるが迷ってしまう。その隙に、リバティは降下し、インテグラルMの立つビルの下へと降りた。リバティを見下ろすが、角度が急過ぎ、攻撃することが出来ない。

 敵の攻撃を受けることを覚悟して飛び降りる。着地の間際にブースターを噴かして衝撃を和らげる。この時に撃たれる、と思っていたのだが、リバティに撃ってくる様子は無い。それどころか、こちらを見ようとせず、MTの残骸ばかりを見ている。

『一足遅かったか……仕方が無い』

 通信機からフリーマンの声が聞こえる。その後、リバティのカメラアイがこちらを向いた。

『撤退しろ。ショッピングモールの地下駐車場にナパーム弾が仕掛けられている。私には解除方法が知らされていない。頼む、撤退してくれ』

「証拠は?」

 ライフルを向きながら聞いた。すると、リバティは全ての武器を外した。外された武器が地面に落ち、埃を舞わせる。そしてリバティのコックピットハッチが開き、両手を上に上げたフリーマンが姿を現した。

『これが証拠だ。私に戦いの意思は無い。頼む、信じてくれ。この行為は私達の理念に反する』

「作戦司令部。こちらインテグラルM、どうしますか?」

 自分だけでは判断できないため、作戦司令部へと通信を入れる。司令部へは現状がリアルタイムで送信されているため、状況は分かっているはずだ。だが、向こうもこれを重要局面ととったか、すぐに返事は来ない。

「こちらも信じたいのは山々だが、それだけでは証拠としては今一つだ。そう伝えろ」

 二○秒ほど経ってから伝えられた命令はひどく簡素なものだ。作戦司令部からの言葉を、ほぼそのままフリーマンに伝える。

『悪いが今はこれが精一杯の意思表明だ。時間が無い、早く撤退してくれ』

「しかしだ、どうやって信じろという? 貴様らはテロリストだ、何を企んでいるか分からんからな。どうしても信用しろというのなら、実際にそのナパーム弾を持ってきて、我々の目前で貴様が解除するのならば信じよう」

『そうしたのはやまやまだ。しかし、君なら分かってくれるだろう。組織というのは一枚岩では有り得ないのだ。一部が暴走することもある、今回の事例はそれなのだ。私の知らぬところで話が進められ、知らぬところで実行されていた。私もナパーム弾の存在を知ったのは、占拠事件が起きてからだ。その占拠の件に関しても、私は知らなかった』

「だから信じろというのか? 悪いが、そんなのは土台無理な話だ。いいかフリーマン、聡明な貴様なら分かっているだろうが、投降した方が身のためだぞ」

 フリーマンがコックピットから半身を乗り出し、周囲を見渡した。会話をしている間に、戦車部隊は既にリバティを包囲し、全車の砲口は全てリバティに向いている。空中からも、戦闘ヘリが対AC用ミサイルの照準をリバティに定めている。

「分かっただろう。いくら貴様とて、これだけの数の一斉砲火、全ては避けきれまい。悪いことは言わん、投降しろ」

 フリーマンの視線が、一度だけインテグラルMの頭部に向けられた。その後、フリーマンはリバティのコックピット内に戻る。リバティのブースターが火を噴き、上昇しようとする。

「待て!!」

『残念だが、時間が来た。忠告を聞かなかったのは君たちだ、くれぐれも後悔はするな』

 そう言うフリーマンの声は、心底残念そうだった。


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 空中へ飛ぼうとするリバティに照準を合わせ、ロックオン。トリガーを引こうとしたとき、警告音が鳴り響く。即座に機体の状況を確認するが、異常は無い。

 では、周囲に何か起こったのか。モニターに目を戻そうとしたその時、断末魔の叫び声が通信機から流れ出す。まさか、と思いショッピングモールへカメラを向けると、今正に業火が正面玄関口から飛び出そうとしているところだった。咄嗟にブースターを踏み込んで、機体を上昇させた。

 カメラを下に向けると、炎に嘗め尽くされ、溶かされる戦車部隊の姿が見えた。低空を飛んでいた戦闘ヘリも、熱にやられて数機が炎の海へと落ちていった。

 手近なビルの屋上へ着地。だが、一息つく間も無く、ビルの下層部が溶かされ傾ぐ。仕方なく、再びブースターを吹かし、炎の海の外側へと着地する。着地した先では、リバティが炎の嵐を眺めていた。即座に銃口を向ける。

「貴様、何故時間を知っていた」

 リバティの頭部が、ゆっくりとした動きでインテグラルMに向けられる。

『部下に吐かせた。だが、彼は解除コードまでは知らなかった。徹底した情報管理がされていたのだ。解除コードを知っていたのは、実際に設置した者だけだったらしい』

「とてもではないが、信じられんな」

『君ならそう言うと思ったよ。だが、これは真実だ。しかし、それでも信じられんというのなら――』

 リバティがコアパーツのハンガースペースから、左腕用のグレネードライフルを取り出した。

『戦うしか、無いのだろうな……前にも言ったと思うが、出来れば君とは戦いたくないのだよ』

 レバーを握る手に、自然と力が篭った。全ての武装を外したのを見たため、てっきり本当に交戦の意思は無いと信じていた。本当のところを言えば、グローリィ自身はフリーマンの言った事を信じていたのだ。

「狡猾だな」

『企業がすんなり信じてくれるとは思えないからだ。私も、素直に捕まるわけにも、ましてや殺されるわけにはいかないのでね。最低限、身を守る程度の武器は持っておくさ』

 互いに牽制しながら、リバティの状態を見極める。見る限りでは機体各所に損傷は見当たらない。しかし、インテグラルMはというと、飛び上がるタイミングが遅かったために、脚部に損傷が見られる。リバティの武装はグレネードライフルだけで、弾も六発しかない物だが、悔しい事にフリーマンの技量は高い。脚部が損傷している状態で、確実に勝てるとは言い切れないところがある。

 リバティの背部から、オーバードブーストを起動させたときに発生する燐光が見えた。咄嗟にライフルを放つが、それと同時にリバティのオーバードブーストが発動する。レーザーは掠っただけで、ダメージを与えるには至らない。

 二発目を撃とうとするが、先にリバティがグレネードを撃ってきた。回避行動をとるも、急だったために多少、バランスが崩れた。その隙に、リバティはインテグラルMの横をすり抜けていった。

「逃げる気か!?」

『先ほども言ったが、私に戦う意思は無い。君は戦いたいかもしれんが、その要望に答える事は出来ない。こう見えても多忙な身なのだよ』

 すぐに振り向くが、リバティは既に射程距離圏外に出ていた。こちらもオーバードブーストを使って追うが、距離が開きすぎていた。追いつくことが出来ず、結局、リバティを逃がす結果となった。

 リバティが地平線の向こうへ消えて、モニターから完全に姿を消した。悔しさのあまり、思わずコンソールパネルを殴りつける。ディスプレイに、蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 街へと振り返ってみれば、ナパーム弾によって火の海へと化していった。高熱で土台を溶かされたビルが、倒れてゆく姿が見える。網膜の内側で、昔見た光景が映し出される。

 燃え盛る穴だらけの街の中、走って家に帰ってみれば、そこはただの瓦礫の山で、どれだけ瓦礫を退けようと見つけたいものは見つからない。周りを探せば、ペンキみたいな赤い液体と、今一つ正体のハッキリしない妙な生ものの欠片だけが見つかった。そんな、八年前の惨状が脳裏に浮かぶ。

 その、過去と全く同じ惨状が今目の前で起こっている。火が踊るたび、誰かの叫びが聞こえるようだ。

 企業の消防隊がヘリを出動させて、空中から消化剤を撒くが、効果は無い。ナパーム弾の炎は、ナパーム弾の油が全て燃え尽きるまでは決して収まらない。大量破壊兵器に指定されてこそいないが、実体としては大量破壊兵器と大差が無いためどの企業も人道的な理由で大型ナパーム弾は使用を控えている。

 だというのに、インディペンデンスは、テロリストはそれを使用した。幾ら、幾らテロリストであって条約に加盟していないからといって、許されることと許されないことがある。戦争だから、やらねばやられるからといっても、人として守るべき一線がある。それを、彼奴らは踏み越えた。

 胸のうち、熱い塊を押し込まれたようだ。どうしようもない、やり場の無い怒りが込み上げる。同時に、己の不甲斐なさが悔しい。もっと、もっと早くに彼奴らの企みに気付いていたら阻止できた可能性もあるのだ。

「許さんからな……インディペンデンス、フリーマン……」

 呟いて、リバティの消えていった方向を凝視する。もちろん、リバティが見えるはずも無いのだが、グローリィには悠々と立ち去っていくリバティの後ろ姿が見えるようだった。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
サクリファイス(セヴン)&N7g0090a020s0cgMs0tA1Sg72wg1hrgeo08W1H#
リバティ(フリーマン)&Nu50052w01x00BEa00Aa1gE60aUNOpY%23ui0F#

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