Armored Core Insane Chronicle
「Episode25 支え」
3月11日

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 ロンバルディアシティの火勢が収まりだしたのは丸一日経ってからだった。企業が、その垣根を超えた消防活動を行ったおかげで延焼こそ防げたものの、ショッピングモール周辺は本当の焼け跡と化した。

 その焼け跡の上を歩くと、まだ燃えている箇所があるらしく、熱気が漂っていた。視線を上げれば、マスクを着けた作業員二人が瓦礫をどけて何やら取り出していた。炭の様にも見えるそれは、死んだ瞬間のまま固まった、人の焼死体だ。

 急に吐き気が込み上げ、口元を手で押さえながらその場にうずくまる。今まで気付かなかったが、高熱によってカルシウムだけになった人骨が転がっていた。手を伸ばして触れるだけで、白骨は崩れ去る。また、吐き気が込み上げる。

 耐え切れず、その場に胃の内容物を吐き出した。朝食のパンが、ドロドロの状態で地面に落ちた。胃酸のせいか、喉は痛み口内には酸の味が広がっている。

 出す物を出すと、気分が良くなった。再び立ち上がり、周囲を見渡す。至る所にマスクを着けた作業員がいて、主に手作業で瓦礫を掘り返していた。何をしているのかというと、死体を捜しているのだ。遺族に引き渡すため、傷つけるわけにはいかないから重機を使うわけにはいかない。本当は重機を使っていっぺんに瓦礫を取り去ってしまいたいところなのだが、傷つけることは避けたい。

 焼け跡の中、特に作業員が集まっている箇所がある。リストレインの残骸があるところだ。おもむろに、残骸へと近付く。塗装は全て剥がれ、大半の装甲は溶解し、内部も滅茶苦茶になっているが、辛うじてACであることが分かる。

 コアパーツのコックピット部分を見上げてみるが、その箇所だけスッポリと抜けたみたいに何も無い。カルテットキャノンの直撃を受けた上に、ナパームの業火だ。残るはずも無い。

 しばらく、リストレインの残骸を見ていたが、焼け跡の臭いを嗅いでいると再び気分が悪くなってきた。ここにいても仕事があるわけではない。だいたい、グローリィがここにいる意味など最初から無い。

 短く息を吐き出して、焼け跡の外へ向かう途中、「すいません」と声を掛けられた。一体、誰だろうと思いながら声の方を振り向く。するとそこには、一人の青年が立っていた。おかしなことに、作業着を着ていない。この場に入るには、作業着を着なければ入れないはずなのだが。

「仕事中にすいません。あの、あなたは企業の方ですか?」

 頷いて答える。

「リストレインのパイロットがどうなったか知りませんか? 新聞を見ても撃墜としか載ってないし、色んな病院を見回ってもいなかったんで。良ければ、教えてください」

「アレを見ろ」

 視線をACの残骸へと向ける。青年も残骸へと目を向けて、表情を曇らせた。

「コックピット部分を見てみろ。跡形も無い。調べてみたが、骨すら残ってなかった。遺品になるような物も残されてはいなかったな」

 青年は答えず、じっとリストレインを見つめている。光の加減もあって、表情はよく分からない。しばらくして、背筋に悪寒が走った。

 ゆっくりと青年が振り向いた。その表情に浮かぶのは、明らかな殺意。

「誰が、やったんですか……」

「新聞を読んだのだろう。だったら、誰がやったかぐらいは分かるだろう」

「新聞じゃ、グローリィなのかセヴンなのか、はっきりと書かれてなかった……あなたは企業の人間でしょう? だったら、教えてくださいよ」

「聞いてどうする?」

「そんなもの、仇を取るだけだ」

 青年の声には、決意が現れていた。この青年がアウインとどんな関係にある人物かは知らないが、相当仲が良かったことに違いない。それにしても、知り合いが殺されてすぐに仇を取るという発想になるとは、レイヴンだろうか。

 ともかく、この場で真実を教えてやるわけにはいかない。レイヴンだから、正々堂々と戦場やアリーナで一騎打ちを挑んでくる者ばかりではない。中には闇討ちを仕掛けてくる者も多々いる。目の前の青年がそういうタイプには見えないが、目の前の人物が仇だと分かったら、どういう行動に出るか知れた物ではない。

「ミラージュ専属はMT部隊と戦っていた」

 そう言うと、青年の目に殺意が宿った。先ほどのものよりも鋭利さを増している。

「お手間を掛けさせて、すいませんでした」

 冷淡な口調で青年は言うと、早々に踵を帰し、どこかへと行ってしまった。大方、セヴンとどうやって戦うかでも思案するのだろう。


/2


 その日の晩、グローリィが夕食を摂るために食堂へ行けば、時間帯が遅かったらしく人影はまばらだった。一瞬、営業しているかどうか不安になったが、カウンターを除いてみればまだパートのおばちゃんが立っていた。

 おばちゃんから今日の軍人用定食を貰い、窓際の席に座る。窓の外では、遠くロンバルディアシティの明かりが街の形を映し出すように煌いていた。だが、一部輝いていない部分がある。そこはショッピングモールのあった近辺だ。それを見ると、不意に今朝の光景が思い出され、同時に八年前に見た全く同じ風景も思い出された。

 どちらにせよ、頭に浮かんでいるのは惨状である。とてもではないが、食事をしようという気分にはなれなかった。それでも無理やりに口へ押し込み、水を飲んで無理やり胃へ収める。グローリィは軍人である、いつ何時どのような任務を言い渡されるか分からない以上は、どれだけ辛くとも食べれるときに食べるしかない。

 いつもなら一〇分程度で食べれるのだが、二○分ほどかかってしまった。やはり、死体を見た日の食事というのは辛い物がある。そこまで考えて、焼死体のイメージが頭に浮かび、吐き気が込み上げた。

 仕事柄、死体などは見慣れているはずなのだが、どうしても焼死体だけは慣れない。八年前の事件を連想させるせいだろうか。いったい、いつまでこの感情を引きずり続ければいいのだろうか。いい加減、忘れてしまいたいところである。

 だが、テロリストという言葉を見るだけで、黒い感情が湧き上がってくる。どうすればいいのか。

 それでも、唯一そうでなかった時期がある。大学時代、マリーツィアと一緒に居たときだけは、全てを忘れることが出来た。いや、忘れるという言い方は正しく無い。受け入れることが出来たといった方が正しいだろう。

 だというのに、今また憎しみを身を焼かれつつある。詰まる所、自分にはマリーツィア一緒に居てくれなければ癒されないということなのだろう。人としてはともかく、軍人として、これでは失格だ。

 知らず、深い溜め息を吐いていた。

 物音と人の気配に気付き、窓外に向けていた視線を前に戻す。ちょうど、ミヅキがトレイを持ってグローリィの目前の席に座ろうとしているところだった。近頃、ミヅキに避けられている節があるため、珍しいと思ってしまう。

 ミヅキは席に座り、自分のトレイの上に乗っていたコーヒーを一口飲んでからグローリィと目を合わせた。何か、話があるらしい。

「何の用だ?」

 疲れているせいだろう。自分でも、声がぞんざいになっていることが分かる。

「私用なのですが、よろしいでしょうか?」

「とりあえず言ってみろ」

「では、単刀直入に聞きます。私では、駄目なのですか……?」

 後半はミヅキの声が小さくなっていたために聞きづらかったが、それでも聞こえないわけではなかった。

 最初、意味が分からなかったが、駄目、という単語を何度か反芻すると理解することが出来た。要するに、ミヅキが聞きたがっているのはグローリィの支えになれないのか。そういうことだ。

「残念だが――」ミヅキの顔が暗くなる。だが、まだ続きがある。

「私にも分からん」

 逃げのような気もするが、こうとしか言えない。ミヅキなら支えになってくれるかもしれないし、なれないかもしれない。不確かな所ではある。だが、おそらくは無理だろう。

「じゃあ、あの……その……」

 僅かながらもミヅキの顔が明るくなる。何かを訴えたいらしいが、気恥ずかしさがあるらしい。やたらと助詞を多用し、主語が全く無い。おかげで、何を伝えたいのかが分からない。しかし、それでも彼女が何を言わんとしているか、大体は解る。

「だが、君では無理なような気がする」

「え?」

 ミヅキの顔から明るさが消え、急に不安そうな、そして泣きそうな表情に変わった。

「いや、無理だろうな。私に必要なのは、君ではない」

 自分でも、何て残酷な言葉なんだろうと思う。だが、言っておかなければならない気もしたのだ。今の自分に必要なのはマリーツィアで、ミヅキではない。これは、確かなのだ。だからといって、曖昧な答えでミヅキに下手な期待を抱かせるほうが、彼女にとって残酷なことになるだろう。

「ですよね。グローリィさんには、マリーさんがいますもんね。本名を知らない私よりも、マリーさんの方が……」

 言うにつれてミヅキの声が震えだす。つられるようにして、彼女の肩も小刻みに震えだした。

 言い終わるとミヅキは肩を震わせたまま、俯き、黙り込んだ。数秒の後、ミヅキはグローリィに顔を見せないようにしてトレイを持って席を立った。

 ミヅキの後ろ姿を目で追う。彼女はトレイを返却すると、早足で食堂から出て行った。その後、カウンターからパートのおばちゃんが顔を出し、こちらを睨みつけた。


/3


 食事を終え、トレイを返却口に返しに行くと、カウンターの向こうでパートのおばちゃんが鬼のような形相で仁王立ちになっていた。

 それでも、いつもと同じように「ごちそうさまでした」と言いながらトレイをカウンターに乗せる。おばちゃんは鬼の様な形相でグローリィを睨みながら、カウンターに載せられたトレイを持って、シンクに放り投げた。皿が割れるような音がしたが、おばちゃんは気にした風もない。

「どうも、ごちそうさまでした」

 そう言って、早々にその場を去ろうとした。だが、カウンターの向こうから延びてきた手に腕を掴まれた。恐る恐る首だけを動かして見てみれば、怒りに満ちた目でこちらを睨みつけるおばちゃんと目があった。

「あんた。さっきの娘に何をしたんだい? 可愛そうに、泣いてたじゃないか」

 あぁ、やはりミヅキは泣いていたのか。罪悪感を覚えるが、あの状況ではああ言うしかなかったのではなかろうか。

 いや、それよりもだ。如何にしてこの状況を脱するか、だ。おばちゃんの手を振り解こうと思えば簡単だ。だが、それでは今後の心象が非常に悪くなる。しょっちゅう顔をつき合わすのだ、あまり気まずい状況は避けたい。

 さてどうしたものか、と思案していると、おばちゃんの顔から急に怒りが消えた。それどころか、非常に柔和な笑みまで浮かべ、「まっ、それも青春さね。とにかく頑張りな」そう言っておばちゃんはグローリィの背中を叩いた。

 まったく、意味が分からないが、とにかく開放されたことはありがたい。今日はシャワーを浴びたら早々に寝よう、と決めて食堂を出る。すると、食堂に入り口脇の壁に制服姿のマリーツィアがもたれていた。

 マリーツィアはグローリィが出てきたことを確認すると、神妙な面持ちで近付いてきた。

「話があるんだけど、いいかな?」

 頷いて答えると、マリーツィアは「じゃあ、付いて来て」と言って歩き出した。続いて歩いていくと、連れて行かれたのはいつかのテラスだった。空を仰いで見れば、今日も星空は美しかった。

 マリーツィアはテラスの端まで歩き、柵に手を突き、遠く見える街の明かりに目をやった。 

 グローリィはゆっくりと、背を向けるマリーツィアに近付き、背後から包み込むように抱きしめた。突然のことに驚いたらしく、マリーツィアの体が一瞬だけ震えた。その後、マリーツィアは安心したように、グローリィの腕に自分の手を掛けた。

「いいの、ミヅキさんがいるんじゃないの?」

「私には、君が必要なんだ」

 マリーツィアを抱く腕に、自然と力が篭る。この、腕の中にある温もりを離したくない。ただ、その一心だった。一度、離れたからこそ解ったことだ。自分には、マリーツィアが必要なのだ、と。

「ちょっとごめんね」

 マリーツィアがグローリィの腕を解いた。その後、振り返りグローリィと視線を合わす。

「ジェスって呼んでもいい?」

「他に人がいないときならな」

「じゃあジェス。あなたは一人じゃないんだから。周りがどんなにあなたのことを傷つけても、裏切ったとしても、私は常にあなたの味方だから。あなたの側にいるから。もう、一人で苦しまないで。あなたが苦しんでいるのを見るのが、私は一番辛い……」

 そう言って、マリーツィアはグローリィの胸に顔を埋めた。グローリィはマリーツィアを抱きしめなおし、彼女の髪を軽く撫でた。

 マリーツィアが顔を上げる。その瞳が潤んでいた。

 ただ、抱きしめあっている。ただ、それだけだというのに、心が酷く満たされる。冷たく、乾きつつあった心に潤いが戻ってくるようだった。ただ、マリーツィアといるだけで、安心することが出来る。それが、解っていたのに何故、自分はこうも彼女から逃げようとしていたのだろう。

 答えは簡単だ。兵士として完璧でいたかったのだ。だが、自分には土台無理な話だったのだ。何故ならば、自分は怒りと憎しみ、復讐心だけでここまで来ている。そんな男が、自分の感情すらも命令のためならば押し殺せる、完璧な兵士になれるはずもない。

 だったら、兵士でいるのをやめよう。兵士でなくとも、戦うことは出来る。復讐心など必要ない、ただ、平和な世の中を作るために戦うのだ。そのために、今テロリストと戦っているのではなかったか。八年前の復讐心など、今更持ち出す必要など無い。

 戦う理由は、至極、単純なのだ。マリーツィアと暮らす、平和な世界が作りたいだけなのだから。そのためならば、誰であろうと戦える。マリーツィアが側にいてくれるのならば、誰にも負ける気はしない。

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