Armored Core Insane Chronicle
「Episode26 前夜」
3月20日

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 まさに唐突だった。食堂で遅めの朝食をとっていると、緊急のコールがなり作戦司令部に呼び出された。また、インディペンデンスが急襲を仕掛けてきたのか、と思い、慌てて行ったのだが、作戦司令部は非常に落ち着いたものだった。

 何も分からず、とりあえず空いている椅子に座る。グローリィに少しばかり遅れて、ミヅキが入室すると、作戦司令部長は椅子から立ち上がった。

「君らに重要な話がある。今からロンバルディアセンタービルに向かうが、異論は無いな?」

 何があるかは知らないが、作戦司令部長に逆らえるわけが無い。頷いてから、席を立ち、作戦司令部長の後に続く。部長の後に続いて正面玄関を出ると、既に黒塗りのセダンが横付けされていた。部長がその車に乗ったため、グローリィ、ミヅキの両名も続いて車に乗り込んだ。

 運転手は後部座席に三人が座ったことを確認すると、何も言わずにアクセルをゆっくりと踏み込んだ。

 道中でも、作戦司令部長は何も語ろうとはしなかった。作戦司令部長は、普段から寡黙な人であるが、さらに拍車が掛かっている。それに、これから重要な話でもあるらしく、顔つきがいやに険しい。それらを汲み取っているのか、ミヅキもひどく緊張している。それでもグローリィは、黙ったままでいられなかった。

 ゆっくりと呼吸をし、少しばかり気持ちを落ち着ける。そうしなければならないところを見ると、何だかんだでグローリィ自身も緊張している証拠だ。

 作戦司令部長の顔を見る。いつもならば、すぐ視線に気付く作戦司令部長だが、ジッと前を見つめているだけだった。やはり、その目つきは険しい。

「部長。ロンバルディアセンタービルで何があるのですか?」

 グローリィと同じように、作戦司令部長もまたゆっくりとした呼吸を行った。やはり、彼も緊張している。それだけの事が、ロンバルディアセンタービルで起こっている、もしくは待っているのだろう。

「会議だ」

 ぽつり、と部長は呟いた。

 会議自体は別段、珍しいことではない。しかし、ミラージュ支社ビル内にも当然会議室ぐらいはある。盗聴の恐れがあることを考えれば、O.A.Eの管理するセンタービルよりも、ミラージュビルの方が良い。だというのに、わざわざセンタービルを使うということは、その会議にはO.A.Eを含んだ他企業も参加しているということだ。

「流石だなグローリィ。既に察したか」

 考えていることが表情に出ていたらしく、司令部長に考えを読まれた。ただミヅキだけは、いまいちピンとこないらしく、不思議そうな顔をしている。教えてやろうかとも思ったが、聞かれない限り教える必要は特に無いだろう。どうせ、後になれば分かることだ。

「議題は何ですか?」

「分かっているくせに聞くのか?」

「いえ、それだけで充分です」

 この答えだけで、議題が何かを察することは可能だ。他企業も参加し、現況も含めて考えれば、答えは一つしかない。他企業との合同作戦のための会議だ。おそらくは、インディペンデンスを殲滅するため、レニングラードの攻略作戦を練るのだろう。そうでなければ、作戦司令部長を含め、専属パイロットが呼ばれるはずが無い。

 その後、会話は全く無かった。センタービルに近付いても、交通規制やパトロールを強化しているようなところは見られない。恐らく、この会議は極秘なのだろう。それだけ重要で、この戦争の行く先を決定するだけのものなのだろう。


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 会議が終わり、席を立つ。グローリィ等、企業専属パイロットのやっていたことはというと、自分の所属する企業の作戦司令部長の後ろに立っていただけだ。しかし、会議中は当然のことであるが終始、空気が張り詰めており、立っているだけだというのに、酷く体力を消耗した。

 会議中がそんなだから、今後の方針が決定し、会議が終わると誰もがホッとした表情を見せ早々に会議室を出て行った。会議終了後は、専属パイロットには自由時間が与えられている。会議室から各企業のお偉方が出て行ったことを確認してから、グローリィと同じように会議室に残っていた男のところへ歩み寄った。男はこちらに気付くと、人の良さそうな微笑を浮かべた。

 こちらも愛想笑いを浮かべながら、握手をするために手を伸ばした。男は気前良く応じてくれた。

「久しぶりだな、フューラー」

「こっちも。こうして会うとは思わなかったよ、グローリィ」

 挨拶を終え、互いに手を下ろす。

「で、そちらのお嬢さんは誰だい?」

 フューラーの視線が、グローリィの背後へと向けられた。振り返ってみれば、どこか所在なさげにしているミヅキの姿が目に入った。

「私の同僚のミヅキだ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」

「あぁ、聞いたことがある。うちの上級MT部隊がやりたくない相手の一人に数えてた。何でも、絶対にペースが崩れないのが嫌なんだそうだ。まっ、とりあえずよろしく、ミヅキ」

 フューラーがミヅキに手を差し出すが、ミヅキは応じようとしない。代わりに、敵意とはいかないまでも、警戒している視線をフューラーに向ける。フューラーがクレスト専属である以上は、仕方の無い反応だ。

「悪いな」

「いや、いいってことよ。こっちはクレスト、そっちはミラージュ。仲良くしろっていう方が無理な話だ。それよりも――」

 フューラーの表情から笑みが消える。

「俺に用があるんだろ? 今はクレストだとかミラージュだとか、言ってる場合じゃないからな。できる範囲なら、聞いてやろう」

「すまない。実は、パーツを売って欲しい。立場上、クレストのパーツを使うのはマズイが、欲しいパーツがあってな」

「それぐらいなら簡単だ。で、何が欲しいんだ? 外部パーツじゃないんだろう?」

「あぁ、インサイドパーツのCR−I69Rが欲しいんだ」

 フューラーの目が丸くなる。彼にとって、インサイド用のロケットは予想外だった様だ。

「そんなのでいいのか?」

 頷いて答える。

「分かった。手配しておくよ。可能な限り、バレないようにするけど、そっちでも細心の注意を払って欲しい」

「分かっているさ」

「オーケ。パーツの方は、数日中に届ける」

「感謝する」

「何、困ったときはお互い様だ。それじゃあ、今度は味方どおし、戦場で会おう」

 そう言って、フューラーは背を向けた。フューラーが会議室を出たことを確認して、ミヅキがぼそり、と呟いた。

「何で、クレストのパーツなんて使うんですか? ミラージュのほうが、性能が良いじゃないですか」

「確かにそうだな」

 ミヅキの言うとおり、クレストよりもミラージュの方が“性能だけ”は良い。しかし、コストパフォーマンスや安定性、整備のし易さなどを考えると、クレストの方が圧倒的に上だ。それに、質実剛健な作りのため、戦闘中、ちょっとやそっとの衝撃を受けても故障が少ない。

 まだ何か言いたそうなミヅキを放って置いて、扉へと向かう。「待ってくださいよ」と、後ろからミヅキの声が聞こえるが、立ち止まる気は無い。あまり会議室に長居するのも好ましくないし、何よりも、ミヅキと二人だけというのが耐え難い。

 今日の様子を見る限りでは、ミヅキの方はそれほど気にしている風も無さそうに見えるが、内心ではどう思っているかは分からない。それ以上に、先日の出来事があった以上、ミヅキと二人きりになりたくは無かった。

 会議室の扉を出ると、作戦司令部長が立っていた。

「クレストと何か話してたみたいだが、まぁいい、不問にしよう」

「ありがとうございます」

「いや、いい。それほど大したことでも無さそうだからな。それよりも、時間も時間だし、ミヅキも一緒に昼飯でもどうだ? せっかく街まで来たんだ、私がおごろう。どこがいい?」

「ミヅキ。君はどこがいい?」

 振り向いて聞くが、ミヅキは素っ気の無い口調で「どこでもいいです」と答えた。

「それでは、私のお薦めの店でいいですか?」

「あぁ、好きにしたまえ」


/3


 壁に掛かっている時計を見る。時刻はちょうど日付が変わった頃だ。人の部屋を訪ねるには、失礼すぎる時間であるが、仕方が無い。今日、今から自分が行くところを人に見られたくは無い。この時間なら、警備ロボットがうろついているだけで、巡回ルートも時間も、ミラージュ社の人間なら誰でも知っている。

 警備ロボットの目を避けるように移動しながら、ある部屋の前まで来た。扉脇に付いているベルを押す。扉の向こうから無機質で甲高い電子音が聞こえた。もぞもぞと、人の動く気配がした。

 それからしばらくして扉が開き、眠そうに目蓋を擦りながらマリーツィアが出てきた。

「明日も朝早いのに〜 誰よぉ……って、ジェス? 何、こんな時間に?」

「話がある。上がらせてもらっても、いいかな?」

「あ、うん。別にいいけど、散らかってるよ」

「昔からだろう。気にもならんよ」

 言いながら、マリーツィアの部屋に入る。本人は散らかっていると言ったが、机の上に書類が散乱し、畳まれただけの洗濯物が床に積まれているだけで、どちらかといえば整理されている部類になるだろう。

「適当なとこに座って、何か飲み物入れるから」

 言われたとおりに、置いてあったピンク色のクッションに腰を落ち着ける。すぐに、グラスを二つ持ったマリーツィアがやってきて、一つをグローリィに渡した。簡単に礼を言ってから、グラスに口を付ける。ブラックコーヒーだった、砂糖は入っているらしく、苦くはあるが、それほどでもない。

「話があるって、何なの? まさか、プロポーズ!?」

 自分で言っておいて、直後に「そんな訳ないよね」とマリーツィアは笑った。
 確かに、彼女と一緒に居たいと思い、居ようと思っているが、結婚しようとまでは思えない。そこまで行ってしまえば、この身に何かあったとき、彼女をどれだけ悲しませることか。

「四月一日、今から一一日後に総力戦が行われる。もちろん、私も参加する。この作戦には、作戦なんて呼べるような物じゃない。とにかく、数に物を言わせてインディペンデンスを叩き潰す。そういう、作戦だ」

 空気の対流が止まる。しばらくして、鉛のように重い空気が二人の間に漂いだした。

「それって、死ぬかもしれないっていうこと?」

 ゆっくりと頷いた。レニングラードを攻めるための作戦など無い。物量に勝る作戦など、この世に存在しない。仮に、どれだけ綿密に作戦を練ったとしても、フリーマン一人に叩き潰されることだろう。

「このバカッ!」

 言うが早いか、マリーツィアはベッドから飛び降りるとグローリィに抱きつき、顔を胸に埋めた。

「何よ、何なのよそれ……それって、これから死にに行くって言ってるもんじゃないの……そんな事言わないでよ、せっかくまた一緒になれたのに……これからも、これからも一緒に居たいのに……」

「死にに行くんじゃない。これからのために、インディペンデンスを倒しに行くだけだ」

 マリーツィアの頭を撫でながら言った。だが、マリーツィアが落ち着く様子は無い。仕方なく、包み込むように抱きしめた。

「だから、マリーツィア。君に待っていて欲しい。そうすれば、きっと、何があっても死なずに帰ってこれる」

「本当?」

「あぁ、だから……頼む」

 マリーツィアを抱く腕に力を込める。

「うん。分かった、絶対に帰ってきてね」

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