Armored Core Insane Chronicle
「Episode27 出撃」
4月1日

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 仮設ラウンジルームのソファーに座りながら、グローリィは手袋を外して左手を見た。そして、薬指にはまっている指輪を見て苦笑いを浮かべた。全く、何でこんなことをしたのだろう、と。

 何でこうなったのかと言えば、マリーツィアのせいだ。彼女が、帰ってくるつもりなら帰ってくる理由を作れ、というものだから仕方なく婚約することになったのだ。もちろん、周囲には知らせていないのだが、左手にはめている物のせいで何時の間にやら社内での噂の種とされてしまった。

 まぁ、噂にされていることはどうでもいいのだ。させたい奴には、させておけばいい。ただ、婚約してしまったせいで、何が何でも生還しなければならなくなってしまった。これが意外と重圧になっている。

 実のところを言えば、生還する気が無いと言えば嘘になるが、絶対生きて帰ろうとまでは思っていなかったのだ。というよりも、生きて帰れるわけが無い。レニングラードはインディペンデンスの本拠地だ、確実にエレクトラとフリーマンが出てくる。エレクトラには落とせたとしても、フリーマンを撃墜する自信は無い。撃墜できたとしても、良くて相打ちだろう。

 そうでなくとも、諜報部からの情報に寄ればインディペンデンス側の数名の上位レイヴンを雇っているらしい。無論、こちらもリーネス、ゼロネーム、ロンメル、ヴァイスとランキング内のレイヴンを四名雇っている。ここに、専属三名が加わっている。

 流石に、インディペンデンスがこれを超えるレイヴンを揃えているとは考えにくいが、エレクトラはランキング七位、フリーマンも元ランキング二位のレイヴンだ。この二人だけでも、充分なな戦力になっている。

 目の前のテーブルに灰皿があることを確認してから、煙草を取り出した。ちょうど火を着けると同時に、扉が開き、一人の青年が入ってくる。青年はグローリィの姿を確認すると、愛想笑いを浮かべた。

「久しぶりだな、ゼロネーム。君がこちら側で参加しているとは、思わなかったな」

「今までテロリスト側に付いてましたからね。でも、こう見えて本当は企業側ですよ」

「知っている。現に、君と同じ作戦に参加したこともあるからな。あの時は、君が活躍しすぎたせいで、私の出番が無くなったが」

「パールハーバーですか。今思えば、何だか懐かしいですね。半年も経っていないというのに」

 言いながら、ゼロネームはグローリィの向かい側にある一人がけのソファに座った。彼もまた、煙草を取り出して火を着けた。

「今回の作戦、誰が参加するんです?」

「専属は全員参加。レイヴンはリーネス、ロンメル、ヴァイスそれに君を含めた四人だ。インディペンデンス側は、分からん。とりあえず、フリーマンとエレクトラは確実にいるだろうな」

「エレクトラ……か……」

 ゼロネームは、そう呟いて天井に向け紫煙を吐き出した。その目はやけに神妙だ。

「彼女と何かあったのか?」

「インディペンデンスを手伝ってたとき、民主主義をえらく語ってくれましたからね。ちょっと可哀想だな、って」

「可哀想? エレクトラがか? 彼女は自分の意思でインディペンデンスにいるのだぞ」

「そうなんですけどね、フリーマンにそんな気無いでしょ? 彼、この世を平和にするなんて言ってますけど、本人にそんな気は全く無いですよ。むしろ、逆に見えますね」

「そうか?」

 フリーマンの行動を思い返してみる。一見すれば、彼の行動は企業を倒して国家を建設するために戦争を行っているように見えるのだが、考えれば矛盾が生じている箇所がある。例えば、つい先日のことだが、彼は何故ショッピングモール爆破を止めようとしたのだろうか。あの場所は企業のオフィスも近いため、かなりの打撃を与えられる。事実として、いくつかの企業はあの事件のせいでかなりの打撃を被ったらしい。

 そうでなくとも、都市部での爆破テロを行えるのならば、なぜ始めからそうしないのか。通常の戦闘では、まずインディペンデンス側に勝ち目が無いことは明らかだ。だというのに、彼らは一切ゲリラ戦を行おうとはしない。少なくとも、大義名分を掲げているテロ組織にしては珍しいことだ。

「後、偶々かもしれないんですけど、フリーマンがインディペンデンスに加担しだした時期とインディペンデンスが武装しだした時期が、一致するんですよね」

「何が言いたい?」

「要するにフリーマンは、常に戦争がある世界を目指しているんじゃないか。そういうことですよ」


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 仮設ハンガーには、インテグラルMとグラーフツェペリンの二機しかACが残されていなかった。残りの五機は、戦線に楔を打ち込む役目を負わされて先に出撃しているのだ。そして、特に実力のあるグローリィとフューラーが残されている。

 グローリィはインテグラルMのつま先にもたれ掛かり、フューラーが来るのを待っていた。合同作戦とはいえ、パイロット用ラウンジはミラージュとクレストで別に用意されている。レイヴンでならば気にする必要も無いが、ミラージュ専属の身で、クレストのラウンジに行くのは拙い。そういうわけで、仕方なく仮設ハンガーで待っているというわけだ。

「ようグローリィ、そんなとこで何してるんだ?」

 声のするほうを見れば、ヘルメットを小脇に抱えたフューラーがこちらへ歩いてくるところだった。

「パーツの礼と、一つ聞きたいことがあって、君を待っていた」

 インテグラルMのつま先にもたれ掛かるのを止めて、フューラーに手招きをする。怪訝な顔をしながらも、彼はこちらへと近付いてきた。

「まずはパーツを送ってくれた事を感謝する」

「いや、感謝されるほどのことはしてねぇよ。それよりも何だ、聞きたいことってのは?」

「フリーマンの事だが――」

「フリーマン? あの、インディペンデンスの大黒柱か? あいつがどうしたんだ?」

「彼は本当に、平和な世界を目指していると思うか?」

 フューラーは左手を顎にあててしばらく考え込んだ後、真顔で「何でそんな事を聞くんだ?」と問い返してきた。

「彼の行動には矛盾点があるような気がしてな。私も他人に指摘されて初めて気になるようになっただけだ。それでフューラー、君はどう思っているのだろう、と思ってな」

「どうでもいいな。フリーマンの奴が何を目指してようと、俺には関係ない。平和なら平和でいいし、争いが続くならそれでいい。どっちかっていうと、争いが続くほうがいいな」

「何故? 落ち着いた暮らしがしたいとは思わないのか?」

「なぁ、グローリィ。俺達の今の暮らしって、落ち着いてるとは思わないか? 衣食住にも困らない、娯楽だってある。幸福な家庭を持とうと思えば持てるんだ。なっ、落ち着いてるし、安定してるだろ?」

 そういって、フューラーは軽く笑った。

「確かにそうかもしれないが、こんな争いの続く世の中で満足なのか?」

「一つ聞くけどさ、争いの無い世の中なんて、今まで一時期だってあったのか? 少なくとも、レイヴンなんて職業がある時はどこかで紛争やってるんだ。で、今までレイヴンがいなくなったことは一度だって無い。要するに、俺達の毎日は争いでできてるんだよ。それなのに、いきなり平和にされたら、そっちの方が困る。どうやって生きていけばいいのか、わかりゃしない」

 返す言葉が無かった。フューラーの言うとおり、世界から紛争が無くなったことは一時期も無い。強いて言うならば、ナービス紛争後、ほんの僅かな間だけ何も無かった時期があった、しかし、すぐに紛争が始まっている。

 グローリィ自身も、争いの無い世の中というのを想像することができない。果たして、本当の平和の意味を知っているのだろうか、と自問してみるが、答えは出ない。

「俺が思うに、平和っていうのは誰もが落ち着いて暮らせる状態の事を言うと思うんだよ。だったらよ、今の状態こそ、平和って言わないか? 仮に、戦争がなくなったとして、世界はどうなる? 混沌とするだけじゃないのか?」

「確かに、そうかもしれないが……」

「お前が違うって言うのなら違うんだろう。平和なんていうのは、どこにでもあって、どこにも無いようなものかもしれないし。そんなのは、一人一人違うかもしれないんだ。話こんじまったが、作戦開始時刻が近い。それじゃあな」

 それだけ言い残して、フューラーはグラーフツェペリンのコックピットへと消えていった。腕時計を見れば、確かに出撃まではほとんど間が無かった。グラーフツェペリンを一瞬だけ見やってから、グローリィもインテグラルMのコックピットへと入った。


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 シートに座り、体を固定し、機体を通常モードで起動させる。モニターに火が灯り、外の景色が映し出された。モニターに異常が無い事を確認してから、機体診断プログラムを起動させる。

 大体は問題ないが、インサイド部分にエラーとまではいかないが不具合が表示された。多分、パーツの相性の問題なのだろう。今まではミラージュ純正のデコイを搭載していたが、今日はクレストのインサイド用ロケットを搭載している。多分、そのせいだ。そうでなくとも、インサイドはあまり使わないため、気にするほどのことでもない。

 それ以外の箇所に問題が無い事を確認してから、戦闘モードの移行させ、拘束具を外す。続いて、オペレーターのマリーツィアへ通信を入れる。

「こちらグローリィ、現在の戦況は?」

「戦線はレニングラードシティより東に一〇キロ離れたところで展開されています。硬直状態となっており、打破するために明星とアリッサムの二機が最前線に送られましたが明星は撃墜されました。現在、アリッサムがレッドドラゴンと交戦中です。尚、アリッサム援護のためテスタメントが向かっている途中です」

「ミヅキは脱出しているのか?」

「いえ……明星から、パイロットの脱出は確認されていません」

 途端、マリーツィアの声音から事務的なものが消える。脱出していないということは死んだと思っていい。毎日のようにどこかで人が死んでいく世の中であったとしても、やはり知り合いが死ぬのは辛いのだろう。

「安心しろ、私は必ず生きて帰る。約束があるからな」

「ジェス……」

「だから、サポートを頼む」

「了解!」

 機体をゆっくりと歩行させて、野営地内のヘリポートへと向かう。そこに二機の輸送ヘリが待機しており、それを使って前線まで移動することになっている。

 輸送ヘリの下部に機体を固定させる。機体の固定が確実にされていることをパイロットに伝えると、ローターの回転数が増し、輸送ヘリが飛び上がった。この時にする、地から足が離れていくような感覚が嫌いだ。

 ヘリの限界高度まで上昇すると、遠く離れた戦場の様子も見えるようになる。戦線の至るところで戦闘が繰り広げられており、爆炎と黒煙が至るところで見受けられる。そのどこかに、フリーマンとエレクトラがいるのかと思うと、胸の内が熱くなる。

 好ましいことでないのは分かっているのだが、決着をつけなければならない。どちらが正しいのかを決めるため、互いの命を命を懸けて。

 当然なことではあるが、用意されている結末は二つだけ。生きるか、それとも死ぬか。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0kzAa1ME72wgU8c5Ge082Y1#

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