Armored Core Insane Chronicle
「Episode03 コーラス」
12月9日

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 モニターに映る地面の遥か遠くに、点のようなものが見える。不審に思い、点のような物を拡大してみるが赤い色をしていること以外は分からない。砂塵を巻き上げながらの移動、ACもしくはMTかもしれない。

 レバーを握る手に、自然と力がこもる。

 赤い物体はこちらに近づいて来る。近付くに従い、モニターの映像は鮮明になり、それがACだと判別できるようになる。そうなれば後は早い、グローリィがACの姿を確認した数秒後にアンデルから通信が入る。

「グローリィ、ACレッドドラゴンを確認した。ランキング七位のエレクトラの機体だ、悪いが出てくれ」

 ランキング七位と聞いた途端、体が打ち震えるのが分かった。歓喜か、はたまた恐怖か、それは自身にも分からない。

「アンデル。悪いがCorusを使うかもしれん、整備員達によろしく言っておいてくれ」

 通信機の向こうで、アンデルが唾を飲み込む音が聞こえた。その間にも、グローリィはキーボードを取り出し、パスワードを打ち込む。パスワードを打ち終え、キーボードをしまうと、モニターの左隅にCorus Stand byと表示され、『Corus Stand by』と電子音声が流れる。

「そちらでモニターしているのだろう? もう起動させた、後戻りは出来んよ」

 溜め息が聞こえる。

「仕方ねぇ奴だなお前は……仕方ない、存分にやって来い!」

「言われるまでも無い。パイロット、降ろしてくれ」

「了解しました。五秒後に投下します」

 きっかり五秒立ってから、ヘリとインテグラルを繋ぐ拘束具が外され、地面へと落下する。着陸すると同時、インテグラルの目に光が灯る。

「戦闘モードへ移行完了……MT部隊、ここは私に任せて先に行け!」

「了解しました」

 MT部隊長は静かな声で答え、重役の乗る輸送車共々速度を上げ、先へと進む。グローリィは先へ進む部隊を横目で見ながら、レーザーキャノンを展開させる。ロックオンは出来ないが、まだ当てる必要は無い。牽制と、こちらへ目を向けさせればいいのだ。

 レッドドラゴンが進行方向を変える、その先にはインテグラルの砲口が向いていた。予測どおりの行動に、グローリィの口元が緩む。

「もらった」

 トリガーを引く、同時にレッドドラゴンは動きを止めた。レーザーキャノンの狙いはレッドドラゴンの先に置かれていたため、赤いACの鼻先を掠めるだけに終わった。

 レッドドラゴンを拡大して装備を見てみる、頭部はQUEEN。レーダー範囲は狭く、インテグラルの位置は分かる筈がない。肩にはミサイルとリニアガン、レーダーは無い。

「何て奴だ……」

 と、呟いた時、歓喜する自分がいるのを感じた。予測していたかのような動き、以前に一度だけ戦った緑色のACも似たような動きをしていた。

 レッドドラゴンの頭部がこちらを向いた。キャノンを折りたたみ、デュアルレーザーライフルの銃口を向ける。撃つつもりは無い、ここから撃ったところで中らない距離だ。これは、単なるこっちへ来て戦え、というパフォーマンスに過ぎない。向こうが乗ってくるかどうかは、賭けだ。

「ミラージュの犬か……いいわ、相手をしてあげる」

 淑やかな声。相手はさぞや綺麗なお嬢様なのだろう、だが、敵は敵。討たねばならぬ対象なのだ、余計な詮索は一切無用。

 レバーを握りなおし、ペダルに掛ける足に力がこもる。ゆっくりと息を吸って吐き、気持ちを落ち着けてから、ペダルを踏み込んでブースターを噴かした。


/2


 レッドドラゴンのリニアガンがインテグラルを捉える。砲口が火を噴く。弾はインテグラルの足元に着弾、砂塵が舞い上がり、モニターの視界が悪くなる。

 グローリィはインテグラルを停止させ、後ろへ引いた。コックピット内の警告音が鳴り響く。四発の小型ミサイルがモニターの中、向かって来ていた。

「ほぅ……」

 感嘆の息を漏らしながら、レーザーキャノンを展開し、レーダーを確認。赤い光点は、一〇時方向に位置している。ミサイルを可能な限り引きつけてから、左斜め前方へ加速すると同時にレッドドラゴンを捉え、トリガーを引いた。避けきれなかったミサイルがインテグラルの背部に中り、機体を揺らす。

 一方、インテグラルの放ったレーザーはレッドドラゴンの左腕を僅かに溶かすだけに留まった。

「意外とやるんですね」

「こう見えても昔は有名だったんでね、これぐらい当然だよ」

 インテグラルとレッドドラゴンは向き合い、互いのライフルを向け、同時に放つ。インテグラルの肩装甲が飛ばされる。だが、レッドドラゴンも脚部を焼かれていた。

 コックピット内の、Cと書かれたトリガーに目をやった。このトリガーを引けばCorusが発動する。が、果たして今使うべきかどうかは微妙なところだ。Corusは分かりやすく言えば、機体の性能を限界以上に引き出すシステムだ。だが、代償として機体には異常なまでの過負荷が掛かってしまう。下手をすれば、壊れてしまうこともあるだろう。

「チィッ……!」

 舌打ちしながらリニアライフルを回避に専念するが、敵の射撃能力は相当な物で、直撃は無いが数発の弾がかすり、じわじわと損傷率が上がっていく。

「もらいました!」

 リニアガンがインテグラルへ狙いを定める。回避行動を取るが、コアパーツへの直撃を貰ってしまう。激しい衝撃に体が揺さぶられ、視点が定まらない。そんな中でも、グローリィはトリガーを引いていた。

『Corus On』

 電子音声が流れる。モニターの右上に90と表示され、数字が小さくなってゆく。安全上のため、Corusは発動から九〇秒が経つと、自動的に解除される仕組みになっている。モニターの右上に表示された数字は残り時間だ。

 リニアガンの弾が見える。既に回避不能の距離、だがグローリィがペダルを踏むと弾はかすりもせずに後方へと過ぎ去ってゆく。

 ブースターを吹かしつづけ、距離を詰めてゆく。レッドドラゴンは後ろへ下がりながらリニアガンを放つ。弾丸を避けながら、急速に距離を詰めてゆく。

「そんな……有り得ない」

 レッドドラゴンをブレードの射程距離内に納めたところでオーバードブーストを起動させた。ブースターは吹かしつづけたまま。機体の熱量が瞬く間にレッドゾーンへと入るが、構わずにブレードを振り下ろす。僅かだが、手ごたえはあった。

 続いてレーザーライフルをほぼ〇距離で放ち、撃ち終えた後、銃口を上へ向け、右肩を前に突き出した。その時、オーバードブーストが発動し、ショルダータックルがきまる。

 ガギン、と嫌な音がして右腕のジョイント部が外れ、オーバードブーストが衝撃のため強制的に解除された。レッドドラゴンはコアパーツの一部がひしゃげ、火花を散らしていた。それを見て、もう一度トリガーを引きCorusを解除する。途端、目の前のコンソールパネルが火を噴いた。咄嗟に顔を腕で庇う、破片が刺さったらしく腕が熱い。

 警告音が鳴り響く、損傷率を見れば七十パーセントを超えていた。このまま戦い続けるのは不可能に近い。

「まだ……やる気か?」

 イェスと返ってくれば、後は死ぬしかない。ノーであれば、まだ分からない。

「そうしたいのはやまやまですが、お互いそうはいかないようですね。この勝負、引き分けということにしておきましょう」

 そう言い残すと、レッドドラゴンは背を向けて去っていった。その背中にレーザーキャノンを撃ちたかったが、Corusのせいでジェネレーターがいかれたらしい。エネルギーは底をついたまま、回復していなかった。


/3


 グローリィがミラージュ支社の格納庫に帰還してまず最初にしたことは、整備班に謝ることだった。

「誠に申し訳ない」

 そう言って、グローリィは整備班長のウェバーに頭を下げた。ウェバーは困ったように笑っている。

「頭なんざ下げなくたっていいって。こっちからしてみりゃ、機体をぶっ壊さなかっただけでもありがてぇんだからよ」

「しかし……」

 頭を上げると、インテグラルを見上げるウェバーが目に入った。視線の先には、インテグラルの修理に励む整備員達の姿があった。皆、真剣な顔つきだが、どことなく楽しそうにも見える。

「見ろよ、あいつらの顔をよ。どいつもこいつも楽しそうに、良い機体に手を入れるのがよっぽど楽しいみてぇだ。だから――」

 ウェバーがグローリィの顔を見て、白い歯を見せて笑った。

「たまには俺らに手間掛けさせろや。普段はMTやら車ばっかで退屈してんだ、ACを触らせろや。あんたは機体を大事に使いすぎてるぜ、それじゃ本気で戦えてねぇだろ」

 ウェバーの言うとおり、専属パイロットになってから本気を出したことなど一度も無い。正確にいえば、本気を出さないのではなく、本気を出せないだけなのだが。

 インテグラルの隣に立つ、同じ紫色のAC「ノーヴルマインド」を見上げた。レイヴン時代に使用していた機体で、専属になってからは一度も使用したことは無く、コックピットに座ったことも無い。

 ノーヴルマインドはライフルにブレード、肩には垂直ミサイルとチェインガンを装備した中近距離戦を想定されている。チェインガンを構え無しで撃てるようになるため、毎日練習したことは、今となってはいい思い出だ。そのおかげで地上でならば、チェインガンを構え無しでも撃てるようになった。

「こいつじゃねぇと本気をだせねぇのか?」

 ウェバーの問いにグローリィは頷いた。今の機体、インテグラルとはどうも相性が良くないようなのだ。インテグラル自体は非常に高性能なのだが、装備が戦法に合っていないことも理由の一つに挙げられる。

「そうかい。だからといって、こっちを使うわけにゃいかねぇもんなぁ」

 残念なことに、ノーヴルマインドはミラージュ製パーツも使用されているのだが圧倒的にクレスト製パーツのほうが多い。ミラージュ専属であるグローリィが、とてもではないが使えるものではない。

 この機体を使うことはもう無いだろう。だというのに、何故会社に頼み込んでまで保管しているのだろうか。自分でも、理由は分からない。長年使っていた機体で、愛着が湧いているというのもあるだろうが、手元に置いておく必要がどこにある。もしかすると、自分はまだこの機体を必要としているのかもしれない。

「そういやぁ、前から気になっていたんだが……Corusってのはどういうもん何だ?」

 グローリィが考え込んでいると、整備員達を眺めていたウェバーが聞いてきた。

「私も詳しくは知らないんだが、機体の性能を一〇〇パーセント以上まで引き出せるようにするものらしい」

「だったらよ、各パーツのリミッターを外すだけでいいじゃねぇか。何でそんな大そうな名前を付けてんだ?」

 と、いかにも怪訝そうな顔でウェバーは言った。

「それ以外にも、パイロットの脳波を読み取って操縦しやすくもしているそうだ。大した違いは感じられんがな」

「はぁ〜……よくこんな意味の無さそうなもん付けれるよなぁ。科学者ってのはよ」

 適当な相槌を打った。機体性能を百パーセント以上引き出すのなら、ウェバーの言うようにパーツのリミッターを外すだけで事足りる。操縦系統のフィードバックも大した効果は出ていないように思える。Corusなんていう大それた名称を付けるほどでもないのは確かだ。だが、それでも今日のように役に立つことはある。

 このシステムがインテグラルに搭載された当初は、大した効果を感じなくとも、別の何かがあるのだろうと思っていた。しかし、もうCorusなぞはただのリミッター解除と大差が無いように思える。一体、何のために付けられているのか、全く分からなかった。

「そういえば、今思い出したのだが、今日はレイヴンが来る日だったと思うんだが……ACはどこに?」

 ガレージを見渡すが、インテグラルとノーヴルマインド以外にACの姿は無い。

「まだ来てねぇよ。ま、レイヴンが来るつっても新米のヒヨっ子らしいがな」

 新米と聞いた瞬間、グローリィは拍子抜けした。てっきり相応のレイヴンが来るとばかり、勝手に思っていたのだ。不意に、グローリィとウェバーが影に覆われる。いつの間にか、まだ塗装もされていないほとんど初期装備のACが来ていた。


登場AC一覧()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ)&No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
ノーヴルマインド(グローリィ)&Ns00558R02200ww00ak0F0E60aw01hYc60do0E#
レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#

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