/1
まだ塗装されていないACがハンガーに固定され、中からパイロットが降りてくる。顔立ちは幼い、まだ一〇代なのだろう。ワイヤーロープを使って降りるのに苦労しており、初々しさを感じさせる。
パイロットは地面に降りるやいなや、グローリィに向かって走り寄った。背筋をピシッと伸ばし、頭を下げた。
「よろしくお願いしまぁす!」
まるで体育会系のノリだ。グローリィは、こういう暑苦しいのは苦手だった。後ろに一歩だけ下がった。
「そんなにかしこまる必要は無い。君はレイヴンなのだろう。だったら、もっと堂々としていたまえ」
「はいっ!」
元気よく言うと、途端に胸を前にせり出した。その姿を見て、グローリィが苦笑する。
「ところで君はどういう依頼を受けたのか、教えてもらえるかな?」
「はいっ! 先程見つかったインディペンデンスの野営地を夜の闇に紛れて襲撃するという任務です。敵の数はMTが僅か数機、楽勝ですよ」
白い歯を見せて笑う新米をちょっとばかりからかってみたくなった。ここまで素直な反応をする奴だ、あの二人の事を言ってやればどんな顔をするだろうか。
「インディペンデンスか……気をつけておいたほうがいいぞ。何せエレクトラやゼロネームがよく依頼を受けているようだからな」
グローリィがアリーナ上位の二人の名を口にした途端、パイロットの目が丸くなる。そして、徐々に顔から色が失われていく。予想通りの反応で、いまいち面白みに欠ける。
「そ、そんな……七位と二二位が敵だなんて……勝てっこねぇよ」
フラフラと、パイロットの足元がおぼつかない。今にも失神しそうだ。
流石に様子を見て、グローリィは少々罪悪感を覚え、現在の状況を教えてやることにした。
「安心しろ。エレクトラはさっき機体にダメージを負ったところだ。ゼロネームの方はよく知らないが、MTが数機しかいないような野営地に行くことはあるまい」
「ほ、本当ですか?」
声には先程までの覇気は無い。本当に、やりすぎてしまったようだ。ただのいたずらのつもりだったのだが、こういう素直な人間を今後はからかわないようにしよう。
「あぁ、本当だ」
言って、頷いてやると落ち着いたようだ。まだ顔色は優れないが、徐々に血色が戻りつつある。
「もう、ホント脅かさないで下さいよー。死ぬかと思いましたよ」
「悪かったな、ここまで驚くとは思っていなかった」
パイロットの肩を軽く叩いてやった。パイロットはニカッ、という擬音が似合いそうな笑みを浮かべた。人好きにさせる笑い方をする青年だな、と思う。だが、パイロットには申し訳ないがレイヴンという職業には向かなさそうな性格だ。
「おい! グローリィ、インテグラルの修理が終わった。後は操作系統の調整をやるから、手伝えや!」
ウェバーがグローリィを呼ぶ。ACの操作系統の調整に、パイロットは欠かせない。インテグラルの元に行く前に、グローリィは新米パイロットへ敬礼する。パイロットもまた、敬礼を返した。
「それでは、我が社の任務。よろしく頼む」
「はい! 任してください!」
気持ちの良い返事を聞きながら、グローリィはインテグラルの元へ向かった。
/2
夜の闇の中、一体のACが荒野を進んでいた。パイロットは、先程までミラージュ支社にいた新米の青年だった。
青年はモニターに映し出している地図と、衛星によるGPSを頼りに野営地へと向かっていた。しかし、もうすぐ側まで来ているはずなのだが、それらしい物は見えない。
「あーっ、もう……こんなんだったら、ライフルとデコイなんて買うんじゃ無かったよ」
つい先日の買い物を後悔したところで仕方がない。モニターで視認することが出来なくとも、付近に野営地があるのならレーダーが反応するはずだ。レーダーを見るが、何も反応は無い。
――まさか、移動したのか?
青年がそう思ったとき、赤い光点が四時方向に映る。全身が強張る。だが、赤い光点は一瞬で消えた。目をこすり、もう一度レーダー画面を見るが、反応は無い。
「気の、せいか……?」
言って、機体を一歩進ませたとき、また赤い光点が映る。今度は六時方向、真後ろだ。さらに、距離はさっきよりも近い。慌てて機体を真後ろに向ける。
「……ACか?」
頭部に暗視スコープが付いていないため、よく確認できないが、白い機体が砂塵を巻き上げていた。動いていないのに、砂塵を巻き上げている所を見るとフロートだろう。それにしても、通常のACよりは一回りほど大きい。さらに、頭部が無いようだ。本当にACだろうか。
敵に攻撃の意思は無いのか、その場を動かない。レーダーでは赤く表示されているが、敵か味方かどちらなのか、これでは分からない。仕方なく、回線を開き通信を入れる。
「おい。テメェは敵か? それとも味方か? どっちかハッキリしやがれ」
「……」
白い機体は佇んだまま。通信機からも、僅かなノイズが入るだけで相手からの返事は無い。動く様子は無さそうだが、青年は敵だと判断した。青年のACが、ライフルを向けた。途端、通信機から強烈なノイズ音が聞こえる。
「何だ!?」
「ア゛……テ、キ……ハ……イ……」
白い機体のパイロットの声なのだろうか。人間の物とは思えない、機械的な声がノイズ音に混じって聞こえた。青年の背筋に鳥肌が立った。今は夜、周囲には誰もいない。首の無い白い機体、まるで幽霊ではないか。そう思った瞬間、青年に僅かながらも恐怖心が芽生え、それを消し去るかのようにトリガーを引いた。
放たれた弾丸は、全て白い機体に中り、そして弾かれた。
「何て装甲をしてやがんだ!」
後ろに後退しながら、何度も何度もライフルを撃つが、結果は変わらない。
「これで駄目なら!」
武器をミサイルに切り替えて、発射。白い機体は回避行動を取る素振りも見せず、ミサイルの直撃を受ける。やったか、と思ったが大した損傷は与えられなかったようだ。
「おいおい……嘘だろ……」
さっきまで小さかった恐怖心が、ダメージを与えられなかったことにより肥大化した。恐怖に耐え切れず、青年は白い機体に背を向けて、機体を走らせた。
背後からオーバードブーストの起動音が聞こえた。青年のACの直ぐ脇を先程の機体が通り抜け、前に立ちはだかり右腕の銃を向けた。白い機体の銃口から、青いエネルギー弾が放たれる。
青い光は、青年のACの右足に中り、一撃で吹き飛ばした。青年のACが、仰向けに倒れる。モニターに、満点の星空が映る。が、それも束の間、白い機体が青年のACの上に乗った。
白い機体は両肩のキャノンを展開させる。同時に、二本の銃身の間に電流のような光が走る。
「あ、あぁ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
青年の叫びが荒野に広がっていった。
/3
翌日の朝、グローリィはベッドから起き上がると、扉の下にある隙間から届けられた新聞を拾った。すぐさま広げ、一面から読む。
今日一番のニュースは「レイヴンが行方不明」。そう珍しいことでもない。レイヴンが行方不明になるのはよくあることだ。理由は、大体決まっている。ミッション中に撃墜されたのだが確認されなかった、もしくは単独で移動中または帰還中に撃墜されたか。これらのうちどれかだ。
記事を読んでいくと、行方不明になったレイヴンはミラージュから受けた任務中に行方不明となったそうだ。ご丁寧なことに、行方知れずのレイヴンの顔写真も乗っていた。その顔には見覚えがある。
「これは、昨日の新米ではないか……」
驚きのあまり、思ったことがそのまま口に出てしまった。
昨日の新米レイヴンが受けたミッションは、インディペンデンスの野営地の襲撃。そこにあった戦力はMTが数機のみ。いくら新米だからとはいえ、MT数機程度ではてこずるはずも無い。では、何故行方不明になった。疑問を頭に残しながら、紙面を読み進めていった。
そして、驚くべき記事をグローリィは目の当たりにした。バルカンエリア付近で発行されている新聞は全て、先日の各企業の戦果を伝えるページを用意している。その戦果報告の欄に、昨日、新米が襲撃した野営地のことが載っていた。
この新聞によると、野営地は全滅。特に抵抗した後は見られず、一方的に攻撃され全滅したようだ。だというのに、何故あの新米は行方不明になるのだろうか。全くもって分からない。
新聞を一通り読み終えた後、ジーンズに履き替え、いつものフライトジャケットを着た。
朝食を取るために社員食堂へ行く前、グローリィは壁に貼り付けてある紙に目をやった。壁に貼り付けられた紙は今月のメニュー表で、毎日、朝昼晩と社員食堂で何が出されるか書かれている。
普通、社員食堂では自分の好きなものを注文して、その分の代金を払うが、ミラージュ軍に所属する人間は違う。軍属であるが故、栄養管理はミラージュが完璧に行っている。そのため、自分の好きなものを選んで食べるなどということは出来ない。代わりに、代金を支払う必要は無い。
「今日の朝食は……米飯に味噌汁、焼き魚に白菜の浅漬け、か。和食だな」
ごくり、とグローリィは唾を飲み込んだ。知る者は少ないが、グローリィは和食派なのだ。余談だが、バルカンエリアの社員食堂は和食の日が非常に少ない。具体的にいえば、一ヶ月三〇日の内、実に二三日間が洋食か中華だ。和食派のグローリィにはとてもではないが、満足できない。だが、今日は待望の和食。自然と、食堂に向かう足取りは軽くなった。
食堂に着き、食事が乗せられたプレートを貰ってから食堂内を見渡す。来るタイミングが悪かったらしい、空いている席は見当たらない。とはいえ、ここで朝食をとるのは軍人だけだ。皆食べるのは早いから、すぐにどこか空くだろう。だったら、邪魔にならないようと、グローリィは壁際に立った。
どこか空くところは無いか、そう思いながら周囲を見渡していると、席に座ったままこちらに向けて手を振る見知った男性の姿が見えた。男性はグローリィと目が合うと、自分の隣の席を指差した。ちょうどいい事に、彼の隣は空席だった。
好意を無駄にするわけには行かない。グローリィは男性の隣に座った。彼も食堂に来て間もないらしく、プレートの上の料理はあまり量が減っていない。
「久しぶりだな、グローリィ。ナービス紛争以来だから、二年ぶりということになるな。元気そうで、なによりだ」
「お久しぶりですアマツさん。一体どうしたんですか? 急にこちらへ来るなんて。旧ナービス領の監視についていたのでは無かったのですか?」
「上の連中がいつまでたっても動かない旧世代の兵器より、インディペンデンスの方を優先させただけだよ。上層部もそうとう苛立っているみたいだな、俺にお前。こんな辺境にどうにでも使える専属ACを二機も配備するとは、珍しい」
言って、アマツは焼き魚の身を箸でほぐそうとするが、箸を使うのに慣れていないらしい。険しい顔をしながら、四苦八苦している。
「アマツさん。箸の持ち方が間違っています、箸という物はこう持つのです」
グローリィは割り箸を割り、正しい箸の持ち方をして見せた。見よう見まねで、アマツも同じ持ち方をする。すると、先程より使いやすくなったらしい。相変わらず身をほぐすのは難しそうだが、先程よりもスムーズに出来ている。
「流石は和食派のグローリィだ」
「恐縮です。それでは、私も頂くとしましょうか」
まずは味噌汁を啜った。少々、味が薄い気がする。ここの料理人たちは和食になれていないのだろう。
「ところでグローリィ、お前は首無しの噂を聞いたか?」
「首無し? 何ですそれは?」
「俺もこの間聞いたばかりなんだが、何でも――」
アマツ曰く、首無しとは最近になってバルカンエリアに現れだしたACらしい。ACらしい、と断言できないのは何でも、その機体に首が無いからだそうだ。目撃者も少なく、よほど恐ろしい目に合わされたらしく、誰もまともに喋ることが出来ていないらしい。ただ、目撃時間ははっきりしていて、夕方から夜間にかけて現れるそうだ。昼間に見たものは、誰一人としていない。
「さらにだ、首無しはなんでも強力な武器を装備しているらしい。これも噂なんだが、キサラギの工場が首無しの一撃で壊滅させられたとの話もある」
「何ですかそれは、新手の戦場伝説じゃないんですか? いくらなんでも、ACサイズの兵器に工場を一撃で破壊できる武器など搭載できるはずがないでしょう」
「いや、違うな。断言できる。なぜなら、そいつの写真があるからだ。見てみるか?」
グローリィは間髪いれずに頷いた。幾らなんでも、そんな化け物じみた兵器があるはずが無い。どうせ写真もちゃちな合成写真だろうと、見るまでは思っていた。
渡された写真は、監視カメラが捉えた画像らしい。戦闘中に撮られたものらしく、画質は酷く荒かった。それでも、そこに何が写っているのかぐらいは判別できた。
「これは……確かにACのようですが、ミラージュ、クレスト、キサラギ、どこのパーツも使っていないように見える。中小企業やインディペンデンスがACパーツを開発できる訳がない。これは一体……?」
「調査部では既に“デュラハン”というコードネームを付け、現在調べている」
「デュラハン……」
「あぁ。こいつに撃墜されたレイヴンも何人かいるらしい。報道管制でマスコミを抑えちゃいるが、一体いつまで持つかは分からん。お前も気をつけておけ」
「了解、しました……」
それ以降、二人とも話すことは無かった。口に入れた焼き魚は、味が無かったような気がした。
登場AC一覧()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ)&No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
青年の初期AC&N200010000g0004000400g01005o0b44208002#
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