Armored Core Insane Chronicle
「Episode05 アリーナ」
12月10日〜13日

/1


 朝食をとり終えた後、グローリィはアマツと共に格納庫にいた。アマツのAC、「インスペクター」を見るためだ。

 ハンガーに固定されたインスペクターを見上げる。どのパーツも新しく、見事な光沢を放っていた。隣に鎮座しているインテグラルが色あせて見える。

「KRSWにWB18M−CENTAURですか、高火力ですね」

「まぁな。何でもデュラハンに対抗するために、防御力を重視して作られたらしい。とはいえ、相手は工場を一撃で破壊する化けモンだ。どこまで通用するか……」

 インスペクターを見上げながら、アマツは己の機体を鼻で笑った。このACはアマツの物だが、作られる際に彼の意思が全く尊重されていないらしい。彼の行動を見れば分かる。

 それにしても、新たに現れたデュラハン。そしてインディペンデンス。火薬庫に相応しい混沌っぷりだ、この分ではナービス領の時のように旧世代兵器が現れるかもしれない。そんなことは万に一つも無いが。

「お前のインテグラルは相変わらずだな、コンセプトは確か……ミラージュ版デュアルフェイスだったな?」

「はい、その通りです。ナービス領だけでしたが、奴はクレストの象徴になってましたから。参考にと」

「弾数が少なすぎるだろ。お前は今までよくこんな機体で戦えたな」

「はぁ。そういえばそうですね」

 インテグラルの銃火器は右腕にWR25DL−SKULL2、両肩にWB15L−GERYON2。装弾数は全部合わせても七四発しかない。ただデュアルレーザーライフルは一度に二発撃つため、実質的な攻撃回数は四九回と実に少ない。AC相手ならまだしも、MT部隊を相手にすればあっという間に弾切れになるだろう。

「そうそう、お前に訊かなきゃならんことがあったの、忘れてたわ」

 いかにも今思い出したぞ、といわんばかりにアマツは手を叩いた。

「お前よ、インテグラルでアリーナに出る気は無いのか?」

「何を言うのですか、専属の私が出られるはずが無いでしょう」

 アリーナの参加条件はレイヴンであること。レイヴンとはレイヴンズアークに登録しているAC乗りを指す、よってミラージュ専属であるグローリィにその資格は無い。

「いや、それが特例だそうだ。アークの方も面白い試合を観客に見せるために専属の出場も認めたんだよ。ただし、一人だけっていう条件はあるけどな。俺が出ないかと誘われたんだが、気乗りしねぇんだ。代わりにお前が出ろや。キサラギの専属も出てるっていうのに、ウチが出ねぇわけにはいかねぇだろ」

「えらくサービス精神旺盛になったもんですな。少しばかり前は不許可の一点張りだったというのに」

「向こうには向こうの都合ってのがあんだろ。企業からしてみりゃ、自社パーツのいい宣伝が出来るってモンだから、広報が大喜びしてたわ」

 ふぅむ、と唸りながらインテグラルを見上げた。正直なところ、ミラージュの仕事だけでは退屈なところがある。アリーナで安全な戦いをすることが出来れば、多少は憂さ晴らしにもなろう。それに、あるレイヴンはグローリィと戦いたがっているようでもある。

「分かりました。出場させてもらいます」

「そいじゃ頼みましたぜ! グローリィさんよ!」

 激励のつもりなのだろう、アマツはグローリィの背中を思い切り叩いた。不意だったこともあり、一瞬だけ目の前が白くなった。


/2


 アークが企業専属パイロットのアリーナ参戦を認めたとはいえ、手続きが非常にまどろっこしい。グローリィはすでにロンバルディアシティのアリーナ事務局に来てから、数十枚の書類にサインしていた。流石に、指が痛くなり、肩もこる。この後、ランクを決めるために試合をさせられるというのだから、たまったものではない。

 最後の一枚へのサインを終え、担当者のレメリーへと渡した。担当者はサインが書かれていることを確認すると、グローリィに向かってA四判の紙を突き出した。受け取って見てみると、紙に書かれていたのはACのスペックとパイロットのプロフィールだった。

「これは?」

「この後に戦っていただくパイロットとACです。しっかり確認して戦術を立てておかないと、あっさりやられちゃいますよ」

「あっさり、ねぇ……」

 戦う予定のレイヴンはまだランクAだ。機体構成もリニアライフルにブレード、垂直ミサイルという割と標準的な装備である。ハッキリいって、とてもではないがグローリィの相手になりそうにない。

「彼、シン=クロードに勝つとランクAから参戦、負けるとランクBから参戦、という風になりますけどよろしいですね?」

 頷くしかなかった。

「では一時間半後に試合が始まりますので、用意して置いてください。機体の搬入も完了していますから、どうぞご安心を」

 そう言って、レメリーは部屋の奥へと消えていった。これから事務仕事が待っているのだろう。グローリィは事務局に留まることも出来ず、仕方なく席を立った。向かう先は、ガレージしかない。

 アリーナのガレージは戦場といっても過言ではない。あくまでスポーツとはいえ、戦うのは実際に戦う兵器と兵器。負けた方はもちろんのこと、勝った方も無傷でいることなど、まず有り得ない。

 機械油の臭い漂うガレージに、また一機黒く塗られたACが入ってきた。ゼロネームのテスタメントだった。火花こそ散ってはいないが、装甲の至るところの剥がれ、内部構造が露になっていた。

 ハンガーにテスタメントが固定されると、ハッチが開き、中からパイロットが降りてくる。ゼロネームは着地と同時に、整備員達に何か言ったようだったが、周囲の騒音のせいか、グローリィには聞こえなかった。

 たまたま同じ場所にいるのも何かの縁と、ゼロネームに歩み寄り、肩を叩いた。振り向いた彼の目が丸くなる。本来なら居るはずの無い人間がいるのだから、無理もない。

「何してるんですか、こんな所で」

「事情でアリーナに参戦する事になってね、ランクを決めるための試合をするためにな」

「対戦相手は誰なんです?」

 グローリィは先程貰った紙をゼロネームに渡した。ゼロネームはさっとだけ目を通すと、早々に紙を返す。

「シン=クロードですか。それほど強い相手じゃないと思いますけど、要注意ですね」

「君は戦ったことがあるのか?」

「前に一度だけ」

「どうだった?」

「ブレードの扱いがAランクの割には上手いですね。いかにもAランクな奴です」

「なるほど」

 いかにもAランクとは、ゼロネームも上手いたとえをしたものだ。

 Aランクは上位三〇位に入れなかったレイヴンで構成されていると思ったら大間違いである。下手をすれば、上位三〇名よりも強いレイヴンも多い。その理由として、トップ三〇に入ってしまうと、どうしてもアリーナでの試合が増えてしまうため、それを嫌って上にいかないというレイヴンも多いせいだ。Mr.Drなどがその代表格といえるだろう。

「グローリィさんもここのアリーナに参戦するなら、気をつけておいた方がいいですよ」

「何を気をつけろというのだね。よく試合は観ているが、別段気をつけるようなことなど無いように思うが」

「そういう意味じゃなくて。ここのアリーナは、ランクが違っても試合が行われることがよくありますから。気をつけてくださいね」

 グローリィの表情が、一瞬にして怪訝なものになる。通常、どこのアリーナでも基本的には同じランク内でしか戦わない。

「ディーというランク内のレイヴンがいるんですが、彼はBランクのレイヴンに負けてましたからね」

「変わったこともあるものだな」

「えぇ。時代が変わったんでしょうか」

「そうだな……」


/3


 試合が終わった後、グローリィはミラージュ支社に帰らず、街中を気の向くままに歩いていた。普段、繁華街に出向かないため、周りは珍しい物だらけだ。気になったものがあれば、当然視線はそちらへ向かう。まるで、田舎から出てきたおのぼりさんのようだ。

 ――凄いものだ、と感嘆の息を漏らす。辺境のはずなのだが、街の中心部は高層ビルが立ち並び、空が見えなかった。視線を前に戻せば、スーツ姿のサラリーマンやOL、流行のファッションに身を包んだ若者、老人、など正に老若男女を問わない人がわんさかと歩いている。ちなみに、今グローリィのいる通りは飲食店が立ち並んでいる。

 時間帯のせいもあって、人の数は多い。食事をしようと思っていたのだが、どの店を覗いても満員の店しかない。静かなところを好むグローリィにとって、込み合う店内は非常に落ち着かないものだ。

 仕方なく、このまま帰って社員食堂でいつも通りの食事をとろうと思い、帰路についたときだ。人の波が突如としてざわめいた。ガシャガシャ、と金属同士のぶつかりあう音が背後から聞こえた。

 後ろを振り返ると、異様な光景が広がっていた。中国風の鎧を着た大男が、自身の身の丈ほどもありそうな、鉄の塊としか言いようの無い大剣を背負って歩いていた。人々は大男に関わりたくないらしく、道を空ける。グローリィも、周りと同じように道を避けた。

 鎧を鳴らしながら、大男は我が物顔で道を歩いていく。ゼロネームの言うように、本当に時代が変わりつつあるらしい。何をどうしたらあんなファッションが出来るのか、理解することが出来なかった。

 飲食店街も離れの方に行くと、人は少なくなってくる。そんな折、地下へと続く階段を見つけた。入り口の上には看板が掛かっており、「FOLX」と書かれている。

 何をやっている店なのかは分からない。非常に興味をそそられ、階段をゆっくりと降りてゆく。「OPEN」と書かれたプレートの掛けられたドアを開けると、そこはバーだった。

 店内をざっと見渡すと、カウンター席が十席、四人掛けテーブルが三席。奥にはステージと、グランドピアノが置かれ天井にはスポットライトもある。客の数は多くなく、カウンターにどこかで見たことがあるような男性が二人で飲んでいるだけだった。時間帯がまだ早いせいもあるのだろうが、それにしては少なすぎる。

 とりあえず、二人組みと席一つ分空けて座った。すぐに若い茶髪の店員が前に立った。顔は充分に色男の部類に入るだろう。

「いらっしゃいませ。何にします?」

「そうだな……」

 目の前のメニュー表を見れば、喫茶店とバー、両方のメニューを足したような食事のメニューが並んでいる。とはいえ、一体何を頼んだらいいものだろうか。

「腹が空いているんだが、そういう食事は出来るのかな?」

「大丈夫です。うちは昼間、レストランもやってるんで」

「おまかせ、でもいいかな?」

「じゃあ軽くセットでいいですね? それじゃあ飲み物はどうします?」

「ジンジャーエールはあるかな?」

 一瞬だけ、店員が怪訝な顔をする。

「はい、ありますよ」

「それで頼む」

 茶髪の店員はカウンターの奥に入り、コックコートの店員に注文を告げた。視線を感じ、横を見てみる。案の定、二人組みがこちらを珍しげな顔つきで見ていた。はっきりって、気分が悪い。

「何かな?」

 と、低めの声を出すと同時に睨みつける。大抵の人間ならば、これだけですくむのだが、この二人はそうはいかないようだ。それどころか、紫色の髪をした男の方が隣に座ってきた。

「気を悪くさせたなら謝る。中立都市に専属パイロットがいるのは、ちょいと珍しかったもんでね」

「私を知っているのか?」

 男の眼が丸くなった。

「レイヴンをやってるなら、あんたを知らない人間はいないと思うぜ。グローリィさん」

 ジャケットの上から、ハンドガンを装着していることを確認する。話しかけてきたこの男に悪意は無さそうに見えるが、見えるだけであって無いと断言できるわけではない。立場上、命を狙われることもあるため、体は自然と警戒する。

「ちょっと待ちなって。俺はあんたを襲う気はねぇよ、そんなことしたらミラージュに何されるか分かったモンじゃねぇよな?」

 言って、男は後ろを振り向いた。連れの男は頷いた、こちらの男の方には見覚えがある。アリーナで一一位になっているレイヴンのはずだ、名前はセヴンだったろうか。ということは、紫の髪のほうもレイヴンなのだろうか。それにしては、見た覚えが無い。

「まっ、とりあえず名乗っておかねぇとな。俺はヴァイス。で、後ろのあいつがセヴン」

「ヴァイス……あぁ、レイヴンだったのか。失礼した」

「いや、いいってモンよ。それよか、一緒に飲まねぇか?」

 ちょうどいいタイミングで、注文したセット、そしてジンジャーエールの入ったグラスが置かれる。グローリィはグラスを手に取った。

「それもいいだろう」

「よっしゃ」

 そう言って、二人は互いのグラスを合わせた。ガラス同士がぶつかり合う、静かな音が店内に響き渡った。


登場AC一覧()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ)&No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
インスペクター(アマツ)&Ng000f00010001I000w01M0400a1D3xPw082s4#
テスタメント(ゼロネーム)&NG2w2F5i85wg0oI68wE8902E0aU6000ka0f20J#

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