Armored Core Insane Chronicle
「Episode06 帰らぬ鴉」
12月18日〜19日

/1


 ロンバルディアシティにて行われた企業会談で、新たな条約が成立した。会談が行われた都市にちなみ、ロンバルディア条約と名づけられた。なんとも味気ない名前だが、こういった物は便宜上、分かりやすい名が付けられることが多い。

 この条約は、バルカンエリアにおける戦時条約だ。主な取り決めは、捕虜の扱い、企業に対してのNBC兵器使用及び製造禁止、発電施設・浄水施設・農業プラント等市民生活に重要な施設への攻撃禁止及び周囲での戦闘禁止。他にもあるのだが、重要なのはこれら三つだけだろう。加えて、バルカンエリアのみに出没する所属不明機への対処方法だ。

 近年になり現れるようになった所属不明の特殊ACがいるのだが、各企業ともにどこかの新兵器だろうと考えていたのだが、どうやら違うと判明し、連携して対処しようとの事だった。ロンバルディア条約において決められたのは、まず名称の決定。特殊ACはデスサッカーと名づけられた。そして、各企業共同での専門機関の設立が決定された。

 グローリィがそれら、ロンバルディア条約の内容を聞いたのは、インテグラルの整備中だった。

「デスサッカー……それがデュラハンの正式名称ですか。どういう意味なんでしょうか?」

「さぁ、お偉方に聞いてくれ」

 そう言って、アマツは肩をすくませた。

「名前なんてのはどうでもいいんだよ。俺にいわせりゃ、専門機関に出頭しなきゅならんのが面倒くさい」

「それは大変ですね」

「おうよ。まっ、そんな物は出来ないだろうがね」

「自身がおありのようですが、根拠は?」

「今日、ミカミとオレンジボーイがデスサッカー討伐に行く。この二人なら間違いないだろ」

 グローリィの目が驚きのあまり点になる。ランキングでミカミは一三位、オレンジボーイは一六位に位置している。加えて、以前行われたEXアリーナでは二人はペアを組み、二位という快挙を成し遂げた。ちなみに、この時の一位はネロと柔のペア、負けて当然だ。だというのに、ミカミとオレンジボーイは、アウグストゥスと修羅に火花を噴かせるまでに追い詰めた。そこで、ついたあだ名が黄金コンビ、ありきたりだが、ありきたりさ故に分かりやすい。

 その二人が討伐に行くのだ、いくら相手が正体不明で高火力の武器を装備しているといえど、デスサッカーに勝ち目はあるまい。

「で、その二人は途中でここに寄るそうだ」

「それは楽しみですな」

 自然とグローリィの顔が綻んだ。強者との出会いは、胸を躍らせる物がある。

「何を笑ってやがる、怖くねぇのか?」

「全く、むしろ楽しみです」

 ――そうか、と言ってアマツは目を逸らし、そのままグローリィの前から立ち去った。

 アマツの言っていることは理解できないことも無い。上位のレイヴンほど、人とは違う何かを感じさせる。人によっては、それに対し畏怖の念を抱くこともある。グローリィは反対に、何かを感じさせる相手を見ると興奮する傾向にあった。傍から言わせれば、グローリィもその人とは違う何かを持っているのだが、本人には知る由も無い。


/2


 夕食をとり終えた後、グローリィはインテグラルのコックピット内にいた。メンテナンスに精を出してもいいのだが、昼間さんざんやっている。することもないので、シートに体を沈め、文庫本を読んでいた。

 文庫本に読みふけっていると、不意に下の方が騒がしくなってきた。ハッチから顔を覗かしてみると、整備員、それも若い連中が何やら
格納庫の搬入口を見て騒いでいる。何か、と思い見てみると、真っ黒に染められたACが入ってくるところだった。

 オレンジボーイの漆黒だと、一目で分かった。出迎えるためにワイヤーロープを伝って、下に下りた。上位のレイヴン見たさに、関係ない部署の連中も集まり、ちょっとした騒ぎになりそうだ。

 騒ぎを起こされては面倒だ。壁のインカムを手に取り、警備部を呼び出した。すぐに制服を着た警備員が集まり、整備員とパイロット以外の人間全てを外に追い出した。

 その頃には、漆黒は固定され、オレンジボーイは下に下りてきていた。騒ぎの原因が自分であることが分かっているらしく、困った顔をしている。

「有名人は大変だな」

 グローリィがそう声を掛けると、困ったように笑顔を作った。何ともお人好しそうな顔をしている。とても、とまではいかないが、上位のレイヴンには見えない。

「ストレートウィンドが見えないようだが、何かあったのか?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。ただ単に遅れてくるだけだと言ってましたから」

「そうか」

 漆黒を見上げる。装備は肩に小型六連ミサイルとオービット、エクステンションには携行型連動ミサイル、そして両腕にはアサルトライフルだ。目の前にいるオレンジボーイには悪いが、いまいち決定打に欠けていると言わざるをえない。どの武器も攻撃力はそう高くないためだ。だが、突出した物を持っていないがためにバランスが取れており、使い勝手は良さそうだ。

「ふむ、なかなかバランスのとれた機体だ。流石、上位にいるだけのことはある」

 前半は本音だが、後半は世辞だ。

 ちらり、と横を見ればオレンジボーイも上を見上げていた。ただし、視線の先にあるのは漆黒ではなく、インテグラル、そしてノーヴルマインドだ。

「あの二機とも、あなたの機体なんですか?」

「そうだ。ミラージュ製パーツだけで構成されているのがインテグラル、今使っている機体だ。その横、クレスト製パーツも使用されているのがノーヴルマインド。レイヴンをやっていた時に使っていた物だ」

「レイヴンをやってたんですか……想像できませんね」

「そうか」

 大半の人間はグローリィがレイヴンをやっていたと言っても信じない。理由を聞けば、らしくない、からだそうだ。もっとも、グローリィがレイヴンをやっていたのは企業専属になるためだったから、レイヴンっぽくならなかったのだろう。

「何でレイヴンやめたんですか? 企業専属は待遇いいみたいですけど、退屈でしょう」

「確かにそうなんだが、私には理想がある。その理想を叶えるためには企業専属になる方が、都合が良かったのだよ」

「夢じゃなく……理想ですか……」

「あぁ、理想だ」

 今まで誰にも言わなかったことだが、グローリィの理想は戦いの無い世界を作ることだ。そのためには、力ある者が頂点に立って支配するべきだと考えている。インディペンデンスのように、民主主義の世界を作ることが出来たならばそちらの方がいいだろう。だが、この戦乱の世では、民主主義を実行したところで混乱と、新たな戦いを招くだけだ。

「弱い人ですね、あなたは」

 思わず声を上げて笑ってしまった。隣ではオレンジボーイが怪訝な顔をしている。

「弱い、か。私に向かってそんなことを言ったのは君が初めてだ」

 笑いが止まらない。今まで、グローリィに対し強いと言った者は大勢いるが、弱いといったのはオレンジボーイただ一人だけだ。

「よく分かっているな、君は。なるほど、強さの秘密はそれか」

 オレンジボーイが何か言おうとして口を開こうとしたが、ACの足音によってかき消された。搬入口に、緑色のAC、ストレートウィンドが来ていた。オレンジボーイはそれきり、何も言おうとはしなかった。


/3


 自室に戻れば、ロンバルディア条約に関する書類がデスクの上に山のようにして積み重ねられていた。その山を見て、思わずげっそりしてしまう。

 だからといって、読まないわけにはいかない。もし、戦闘中に条約違反でもしようものなら他企業から何を言われるか分かったものではない。言われるだけならまだしも、条約違反を名目にO.A.Eを中心に制裁を行われる可能性すらある。O.A.Eにとっても他の企業にとってもミラージュは目の上のタンコブなのだ。そう考えると、読むしかない。

 大半は全く関係の無いことなのだが、覚えておかなければならないことが無いわけではない。例えば、市民生活における重要施設周囲での戦闘禁止など、施設を中心とし半径何キロメートルまでが戦闘禁止領域なのかを覚えておかなければならない。他には、投降してきた兵士に対する扱いなどだ。

 ゆっくりと、言葉に出して咀嚼しながら頭に叩き込んでいく。そうしながら読み進めていくと、気になる項目があった。企業に対しての核・生物・科学兵器の使用禁止。戦闘に関する条約なら大抵はこれが明記されている。だが、通常は“企業に対しての”などとはつかない。

 これは企業以外、テロリストの拠点にならば核兵器を使用してもいい、というわけだ。このABC兵器の使用禁止の後に、ABC兵器の製造禁止があるのだが、これも、バルカンエリアで製造してはいけないというだけで、他の地域から持ち込んではならない、とは一言も明記されていなかった。これも通常なら、製造禁止では無く保有禁止と書かれていることだろう。

 要するにこれは、インディペンデンスに対する警告なのだ。何かしてきたらお前らの頭に核弾頭を叩き込むぞ、という脅しだ。とはいえ、脅迫しているだけで実際に使う企業はどこもないだろう。ABC兵器を使用してインディペンデンスを叩いたところで、これらの兵器は環境汚染が酷い。元に戻す労力の事を考えれば、誰だって使う気が失せるというものだ。

 ハァ、溜め息が出てくる。こんな在り来たりの条約を作るために一週間も使われているのだ、全く上層部は無駄なことをする。

 これ以上、読む気が失せ、書類の束をデスクの上に放り出したときだ。壁のインターホンが神経を逆なでするような電子音を立てた。反射的に受話器を手に取り、耳に当てた。

「早く格納庫に来い! 一大事だ!」

 相手はアマツだった。かなり焦っているらしく、大声で、しかも早口だった。

「何かあったのですか?」

 一瞬、敵襲かとも思われたがそれにしては警報がなっていない。ということは何だろうか、レイヴン二人がデスサッカーを撃墜して凱旋してきたとも考えられるが、それにしてはアマツは焦りすぎている気がする。

「いいからとにかく来い!」

 そう言って、アマツは一方的に連絡を終えてしまう。ハッキリいって、気分が悪い。しかし、立場は向こうの方が上なのだ、逆らうわけにはいかない。それに、何があったのかが気にもなる、仕方なく寝巻きから普段着に着替え、ノロノロとした足取りで格納庫に向かった。

 一体何があったのか。もう日付が変わっているというのに人の数が多い。格納庫内に入り、ハンガーを見ればその理由が分かった。

 ハンガーにはストレートウィンドが固定されていたのだが、頭部は無く、片足も失われていた。その横のハンガーには、真っ黒に塗られたACの脚部だけが立てられている。

 二体のACとデスサッカーが相討ちにでもなったのだろう、と最初は思った。それにしては、格納庫内の雰囲気は暗くて重い。

「何があった?」

 たまたま近くにいた整備員の肩を掴み、そう聞いていた。まだ若い整備員は何も言わず、悲痛な面持ちで黒い脚部の足元に視線をやった。グローリィも、彼の視線を追った。

 真っ黒に塗られたACの脚部の下に置かれていたのは、死体袋だった。中身があるらしい。死体袋の前にはミカミが立っていて、袋を見下ろしていた。しかし、彼の目に死体袋は映っておらず、どこか遠くを見ているようだった。皆、彼を気遣っているのだろう。声を掛けようとするものはいない。

「漆黒が撃墜されて……ストレートウィンドも大破……デスサッカーは、撃墜できなかったみたいです」

 全身から力が抜ける。一体全体、これはどういうことなのだ。アリーナの上位にいるレイヴン二人が束になっても敵わない、デスサッカーとは一体どんな化け物だというのか。

 ミカミが、突如顔を挙げ、人だかりを振り向いた。

「整備員に頼みがある。責任者は?」

 人だかりの中から、整備班長のウェバーが一歩前に出た。ミカミはウェバーの前に立った。

「残った漆黒の脚部と頭部と肩武器、それにエクステンションを、ストレートウィンドに装備してくれないか」

 そう言って、ミカミは頭を下げた。彼の声は物静かで、決意に満ちていた。整備班長は、ゆっくりと、縦に首を振った。


登場AC一覧()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ)&No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
ノーヴルマインド(グローリィ)&Ns00558R02200ww00ak0F0E60aw01hYc60do0E#
インスペクター(アマツ)&Ng000f00010001I000w01M0400a1D3xPw082s4#
ネオストレートウィンド(ミカミ)&NE2w2G07c3w0hxc0o4k0FgAm0aWo100eeqtoxD#
漆黒(オレンジボーイ)&NE000a0003g000w000s01g040081gj0co1uO0G#

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