Armored Core Insane Chronicle
「Episode07 企業」
12月22日

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 さて、絶体絶命というのはどういう状況なのだろうか。おそらく違うだろう。場所は、ロンバルディアシティの路地裏。そこで、グローリィは銃口を向けられていた。残念なことに、相手はフードを被っているため、顔が見えない。

 ゆっくりと、両手を上げる。ここは抵抗の意思を見せないほうが良いだろう、という判断に基づいてだ。

「手を上げたところで無駄ですよ。グローリィ、あなたはここで死ぬんです」

 よく通る声。物静かで、決意に満ちている。声の調子からすると、まだ相手は若そうだ。

「ここで私は君に殺されるのかな?」

 そう訊くと、フードを被った若者はゆっくりと頷いた。

 相手に悟られぬよう、眼球だけを動かして周囲の状況を確認する。見える範囲では、敵は目の前の若者一人だけだ。他には、気配すら感じられない。また、視線を若者に戻し手元の銃を見る。四五口径の自動式拳銃、消音装置は付けられていない。

「言い残したいことがあるのなら聞きますよ」

 もう勝ったつもりなのだろうか、声音に自信がこもっている。愚か者めが、抵抗する意思を見せていないとはいえ、本当に抵抗する意思がないとは限らない。

「君の所属を問いたい。死にゆく私が知ったところで、問題あるまい」

「いいでしょう……私の所属はインディペンデンスです」

 なるほど、何故この若者がグローリィを襲ったのか、おぼろげながらも理由は見えてきた。この若者は、ミラージュバルカンエリア支社のシンボルと化している専属パイロットを葬って、世論に衝撃を与えるつもりなのだろう。しかし、組織内で同意は得られなかった。その証拠として、若者は一人で行動に出ている。

「もう、よろしいでしょうか?」

 若者のトリガーに掛かっている指に力がこもる。

「まだだ、訊きたいことがある。君たちインディペンデンスは民主主義国家の樹立を謳っているが、君たちの唱える民主主義は本当の民主主義か?」

「馬鹿にしているのですか、当然です。我々インディペンデンスは、民衆による民衆のための政治を行う国を作るのです。民衆による直接選挙で議員を選び、国会を開き選ばれた議員達が国の政策を決定する。これが民主主義以外の何だというのです?」

「どうやって政策を決定するのか聞きたい」

「誰かが立案した法案を国会で発表、各議員がそれを吟味し、最終的には投票で決めます」

 投票、そう言うと聞こえは良いが、単なる多数決ではないか。これは民主主義とはいえない。インディペンデンスの指導者は民主主義の意味を知らないらしい。もしくは、誰も文句の言えない独裁を目論んでいるのか。どちらにせよ、企業の敵であることに変わりは無い。

「君はまだ若い。退くのなら今のうちだぞ。今退くのなら、私はこの件を不問にしよう」

「何を言うのです。あなたの命は私の手の平にあるのですよ」

 そういう割には、若者の握る銃口は、微かながらも震えている。今まで射撃訓練をした事はあっても、人を撃ったことは無いのだろう。若者の額には汗が浮かんでいた。

 若者の指に力がこもる。力がこもるだけで、撃鉄は一向に落ちようとしない。後一歩、というところで若者の理性が引き金を引くことをためらわせている。

「殺せないのなら、その銃を降ろしたまえ。退くというのなら、不問にしてやる」

 手を上げたまま、一歩前に出る。若者の手の震えが激しくなる。

「私を殺して何になるというのだね。ロンバルディア条約の内容を見ただろう、私を殺せばミラージュは君らの本拠地があるレニングラードに対しNBC兵器の使用も辞さなくなる。そうなれば、君らインディペンデンスは崩壊する。君にもそれぐらいは解るだろう?」

 また一歩前に進む。まだ、若者は撃たない。グローリィの脅しが効いているのか、単に人殺しになるのが怖いだけか。どちらであろうと、グローリィのこれからやることに変わりは無い。

「どうしても退かないのだな?」

 若者が頷いた。そうか、とグローリィは呟いた。若者の顔を見据える、一歩踏み込むと同時に体を沈める。乾いた銃声が、ビルの壁に反響する。こめかみに熱さを感じながら、若者の手を捻り上げた。若者は苦痛に顔をしかめ、銃を落とす。音で銃が落ちたことを確認して、掌底を顔面の中心に叩き込む。若者の顔に赤い花が咲き、手の平に骨が折れる鈍い感触が伝わってきた。

 脳震盪でも起こしたらしい。白目を向いて、若者は冷たいコンクリートの上に倒れこんだ。

 若者が完全に気絶したことを確かめてから、携帯電話を取り出し、ミラージュ諜報部の番号を押した。数度のコール音の後、ドスの利いた低い声が聞こえた。

「インディペンデンスの構成員を下っ端だが確保した。場所はロンバルディアシティ三区の路地裏、回収しに来てくれ」

「了解しました」

 電話相手は、グローリィの報告を聞くとすぐに電話を切ってしまった。非常に可哀想なことだが、グローリィを襲った若者には辛く厳しい事情聴取の皮を被った拷問が待っている。


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 諜報部の車に便乗させてもらい基地へと帰還する。車の後部座席、グローリィの隣には、フードを被った一〇代後半と思しき少年が座っている。銃を握っていたときとは違い、震えもせず、じっと何かに耐えるように座っていた。

 覚悟を決めたのか。いや、違うだろう。この少年はこの後、自分の身がどうされるか分からないのだ。新聞に掲載されたロンバルディア条約の内容、拷問が禁止されていることを知っているのだ。だが、彼は知らない。あれは、“企業に所属する人間”にのみ適用される。よって、隣に座る少年には適用されない。

 ロンバルディア条約以外にも、基本的人権を尊重してくれているとでも思っているのだろうか。だとしたら、この少年は余程の大馬鹿者としか言いようが無い。企業がテロリストを、ましてや自分達の形成している社会を脅かす組織の構成員をまともに扱うわけが無い。

「先程から落ち着いているようだが、怖くないのかね?」

 そう訊くと、少年はまるでグローリィを嘲るかのように笑った。

「ふむ、そうか。怖くないか。なら、君はこの後何をされるか分かっているのかね?」

「そんなの、法律で決まっているでしょう。大体、僕がインディペンデンスのメンバーだという証拠は無いんですよ。あなたに銃を向けただけだ、せいぜい銃器不法所持と恐喝罪程度で、すぐに塀の外に出れますよ」

 少年の言うとおり、インディペンデンスの構成員だという証拠は無い。彼がハッキリと、自分はインディペンデンスの構成員である、とグローリィは聞いているのだが、録音していたわけではない。当然、証拠は無い。だが、証拠の必要性は無い。

「君は、誰が法律を決めるのか、知らないようだな」

「馬鹿にしないで下さい、そんなの……」

 言葉が途中で止まり、少年の顔がみるみる青ざめてゆく。声に出そうとして気付いたらしい。政府の存在しないこの時代、法律を作るのは企業の行政機関だ。行政を専門に司る機関ではあるが、企業の一部にすぎない。上層部の鶴の一声で、法律はどうにでもなる。

「でも、俺には人権がある。それを侵害するわけには企業だって出来ません! そんな事をすれば、世論が敵に回りますよ!」

 人権ときたか。確かにこの時代にも人権は存在し、尊重されている。いくらテロリストといえど、人権の侵害を行えば世論は敵に回るだろう。しかし、それには必要な事がある。企業が彼の人権を侵害したという証拠がいる。

 グローリィはジャケットの内ポケットから愛用の自動式拳銃を取り出し、撃鉄を起こす。ゆっくりと銃口を上に持ち上げ、少年の眉間に照準を合わせた。

「君の言うとおり、人権は尊重されて然るべきもので、侵害されてはならない。だが君はテロリストだ。テロリストに人権を認めるわけにはいかないな。それに、君を拷問したところで外部に漏洩しなければさしたる問題にはならんよ。残念だったな、テロリスト君」

「そ、そんな……で、でも、でも――」

 続ける言葉が見つからないらしい。でもでも、と言いながら後ずさりするが、ここは狭い車内。扉にぶつかり、それ以上先には進めない。グローリィは少年に詰め寄り、彼の眉間に銃口を密着させた。少年の目が恐怖に見開かれ、歯をガチガチと鳴らしている。

「チャンスをやろう。死ぬか生きるか、選ばせてやる。死にたければ、抵抗しろ。生きたいのなら、このまま何も言わずに座っていろ。私の薦めは、死ぬことだ。これからさきの生は、苦しいぞ」

 ここから先、少年に待っているのは辛く厳しい拷問だ。最初に、判別できなくなるまで顔を殴られる。それで駄目なら、爪と肉の間に針を刺される。それでも駄目なら、水責め等の各種拷問のフルコースが待っている。もしかしたら、ここで死ぬ方が彼にとっては幸せなことなのかもしれない。

「選べ」

 声から可能な限り感情を排除し、銃口を押し付ける。歯の根を震えさせ、ガチガチと少年の歯が不快な音を立てる。目には涙が溜まり、今にも泣き出しそうだ。抵抗する気があるようには見えない。

「分かった。君は“生きる”のだな、自分で選んだ答えだ。文句は……あるはず無いな」

 銃口を下ろす。少年はゆっくり、ゆっくりと首を横に振ったが、グローリィはあえて無視した。この瞬間、少年の未来は決定された。


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 運転手に頼み、格納庫前で車を止めてもらった。降りるときに少年は最後の抵抗でも試みるかもしれない、と思っていたが意外な事に、顔を俯けおとなしく座席に座っていた。

 車外に出、ドアを閉める前に少年へ声を掛けた。

「これで君とはお別れだ、おそらくは永遠に。だが私達を恨むのは筋違いという物だ。この結果を生み出したのは紛れも無い君自身。若さに身を委ね、付け焼刃の正義に溺れた君の責任だ」

 少年は答えない。運転手に礼を述べ、ドアを閉める。グローリィが車を降り、一歩下がったのを確認すると運転手は支社ビル地下駐車場へ車を走らせた。

 後部ドアに少年の後頭部が見える。おそらく、彼は二度と日を見ることは出来ないだろう。可哀想なことに、そうなったとしてもミラージュ社の一部しか知ることは無い。彼の失踪はニュースにもならず、捜索願が出されたところで無視されるだけだ。

 車が角を曲がり、見えなくなった。そこでようやくグローリィは格納庫に眼を向ける。入り口脇にいた衛兵二人がグローリィに敬礼する。グローリィも二人に敬礼を返しながら、格納庫内に入る。いつもより油の臭いがきつかった。ハンガーを見れば、破損したMTが何機も拘束されている。その中に一機だけACが混じっていた、アマツのインスペクターだ。

 インスペクターは防御力を重視した構成になっており、多少の攻撃を受けても損傷を受けることは少ない。が、今日のインスペクターは
至る所の塗装が剥がれ、装甲はへこみ、内部構造が露になっている箇所すらある。ACと戦ったのだろうが、並大抵の火力ではインスペクターにここまでダメージを与えることは不可能だ。

(一体、誰と戦ったのだろうか?)

 疑問を解消するには、聞くのが一番手っ取り早い。ちょうどいいことに、インスペクターの足元でアマツは悔しそうに自分のACを見上げていた。足音を立てながらアマツに近付く。アマツが足音に気付き、こちらを向いたのを確認して敬礼を行う。だが、アマツは返礼せずにまた上を見上げる。

「誰と戦ったのですか?」

「ベアトリーチェ。ランキング九位のヤツだ……全く、上位の連中は何であんなに化け物じみてんだよ、ったく」

 ベアトリーチェ、聞いたことの無い名前だ。ランキング九位という高い位置にいるのなら、知っていてもおかしくはないのだが。

「お前が知らないのも無理は無い。何せ、情報が少ないレイヴンの一人だからなぁ……分かってんのは年齢と性別だけ。後は噂だが、ミカミを探しているらしい」

 疑問が顔に出ていたらしい、聞こうとする前にアマツは答えた。

「ミカミ……確か一三位。自分より実力が下の相手に一体何の用があるというんでしょうね」

「知るか。大方、昔に一悶着あったんだろうよ。ミカミは女好きだったっていう噂もあるし、後あんまり関係ないがミカミは一一位だ」

「いつの間に……」

「昨日の試合でセヴンを倒したんだそうだ。こないだウチで組み上げたあのACでな」

 二日前、今自分のいるガレージで組みあがった一体のACを脳内に思い浮かべる。失った部分は撃墜されたACの物を使って修復された、間に合わせとしか思えない機体。ただ、武装は悪くなかったが。

「それはそうと、お前に渡すものがある。これだ」

 そう言ってアマツは封筒をグローリィに手渡した。差出人名は不明で、本来なら差出人名が書かれているであろうところには、赤い朱肉で検閲済みの判が押されている。戦時中であるため当然の措置なのだが、自分宛の手紙を誰かが前もって読むというのはあまり心地の良いものではない。

 既に開けられた封筒を開くと、中には花柄の便箋が一枚、丁寧に三つ折にされて入っていた。便箋を取り出すと、封筒の底にまだ何か入っているのが見える。文を読む前に、封筒の底の物を取り出した。それはポラロイド写真で、ACの脚に手を付いて笑っているまだ少女といえなくもない女性の姿が写されていた。

 写真に写る女性の顔を見た瞬間、すぐに彼女の名前が頭に思い浮かぶ。セラ=ルノワール、ナービス紛争の時に出会ったレイヴンだ。その時、彼女はまだ新米で初期装備のACに搭乗していた。作戦の都合上でたまたま共闘することになったのだが、このときの彼女の操縦といえば危なっかしいの一言につき、見ているこっちが冷や汗ものだった。そのミッションが終わり、グローリィは彼女に接触を試みた。何のためか、鍛えるためである。何故鍛えようと思ったのか、単に彼女の操縦が稚拙すぎたために肩入れしたくなったのだ。そのせいで、以降セラから“教官”と呼ばれる羽目にあうのだが、教官と呼ばれて悪い気はしなかったのでそのままにしていた。

 ナービス紛争が終わり、グローリィが転属されてから連絡を取ったことは一度もなかった。二度と名前も思い出すことはないだろうと思っていたのだが、まったく、今更なんなのだろうか。

 便箋を読み、内容を頭の中で理解してから、また丁寧に折りたたみ封筒の中に直した。

(まったく、レイヴンというヤツはすぐこれだ)

 手紙の内容を要約するとこうなる。『お金を稼ぐために仕事の多いバルカンエリアに行きます。またお世話になることもあると思うので、よろしくお願いします』。

 溜め息を吐くグローリィの横顔を、アマツは不思議そうな顔で見ていた。

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