『L'HISTOIRE DE FOX』
 十五話 暗闇 -決戦前章-

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 周囲数十キロに人が作った施設も、何もまったく無い荒野。資源豊富なエリアであるオトラントでもこの当たりは資源がほかよりも少なく、各企業も戦略価値が低いとしている場所であった。そのため、ミラージュを初めとする各企業はこの地区に基地をほとんど作っておらず、所々離れた地点に小さな補給施設が点々とあるだけだった。

 今の時刻は深夜であり普段ならここには静寂と乾いた空気程度しか存在しないのだが、現在は違う。月も出ていない暗い闇の中で数十メートルを越える人型の影が高速で走り、その右手に持った銃火器を同じような人型の影へと向けるとトリガーが引かれ閃光が発射される。

 それはもちろんACだ。二機はカラーリングこそ同じ暗緑色の塗装がされており、機体各所の構成パーツもいくつか同じものが使われている共通点がある。大きな違いは腕であり、片方は両腕がレーザーブレードの武器腕なのに対してもう片方は普通の腕で右手にレーザーショットガンを持っていた。

 両手にレーザーブレードを展開したACが斬りかかり、何度も目標を捕らえようとするが光る剣は両方とも空を切りその周囲を明るく照らすだけである。それをもう一機は軽い動きで避けていくと、至近距離でレーザーショットガンを連続で放った。一発の威力こそ低いレーザーであるが、同時に発射される弾数が多く至近距離では完全回避が難しい。立て続けに同一もしくは近い箇所に被弾し続けた装甲は耐久力を奪っていく。

 次の瞬間、右脚の膝関節部へと命中した一発に火花が上がりバランスが崩れる。そのタイミングでさらに間合いを踏み出したACは左腕のブレードを展開した。WL−MOONLIGHTと呼ばれるそのブレードはACが装備可能なブレードの中でも高威力な物であり、やすやすと重ACの装甲でさえ切り裂くほどの出力を持っている。その証拠にぎりぎりで相手はブレードを展開しなおして受け止めたのだが、出力の違いからそのブレードごと切り裂かれコアと下半身がそれぞれ違う方向で地面に倒れこんだ。

 残されたACは背に装備したスラッグガンも動かなくなったコアへと向けると、何のためらいも無く発射する。撃ちだされた散弾は雨のように降り注ぎ、コアを完全なまでにスクラップに変えてしまい、もはやパイロットが生存していることは無いだろう。

『そこまでだ、ケーニッヒ。戦闘モードを解除してそこで待機しろ。』

 二発目を発射したのと同タイミングで入った通信に残された暗緑色のACは動きを止める。同時に肩部パーツにも匹敵する高性能レーダーを搭載した頭部のレーダーに接近してくる機影が写った。それはACやMTなどを輸送するためのヘリであり、立ち尽くしたそのACを回収するように上空で滞空飛行を開始した。

『ケーニッヒ02は大破、以前より戦闘能力は上昇したようですがいまだオリジナルに勝てるほどの数値は無いようです。』

『ふむ……これで決まりだな。オリジナルケーニッヒ、…いや、マーズだったね。君は次にNo.7105を戦闘相手として実験に参加してもらおう。』

 上空のヘリの中にいる研究主任の声が通信で聞こえてくる。その声はとても嬉しそうだったが自分にとっては関係が無い。いつもそうだ、自分はただ彼らの話を聞き、その通りに行動するだけで何も感じないし感じようともしないはずであった。だが今は違う、確かに自分の顔に笑みが浮かんでいるのを感じていた。

 それは研究員達の次の実験でようやく自分が唯一の目標としてきた事が実行できるからだ。そうだ、ようやく戦える。ソイルと、あのときの決着をつけられる。ケーニッヒことNo,4468は今度は大きな声で笑い出した。それは歓喜だ。闘争に対する、自分という物の存在意義を証明できることに対する喜びからであった。

「はは、はぁははっ!!ソイル、…!!さぁ、始めようよ……あのときの続きを!!」

 狂ったような笑い声が荒野に響き渡る……。


/2

 アリーナに響く爆音、エメラルドタブレットの左腕に命中したマイクロミサイルが炸裂した音が。それによって生まれか黒煙が流されると、緑色の重装ACの左腕にはエネルギーシールドが光っていた。エネルギーシールドは高い防御能力をACに与える優れた装備であるが使いどころが難しい。常時使用しておけばそれは常にエネルギーの消費を強いりジェネレーターに負荷をかける。

 その負荷は直接的に機体のブースターや歩行といった移動系に影響を及ぼしていってしまうのだ。中には消費エネルギーを極限まで抑えてその負荷を軽減したACもあったが、反面そのほかの能力がどうしても下がってしまう。つまりは重装備がされたACほど高性能なパーツがそろった場合は軽減など出来るわけがないのだ。

 これらのことからエメラルドタブレットのパイロットであるヘルメスは攻撃を受ける瞬間だけエネルギーを展開、防御するのがもっとも効率的な使い方であると心得ていた。そうすればジェネレーターへの負荷も少ないし、防御能力も被弾の瞬間上がる。しかしそれは言うほど簡単なことでもないのだ。

 攻撃を受ける瞬間といってもACの武装はどれも人間が反応するには速過ぎる弾速で放たれる。一番遅いといわれるある種のミサイルでさえ、距離のよっては目でわかっても体が反応できない速度で迫ってくるのだ。では何故エメラルドタブレットはミサイルを防ぐことが出来たのか……理由はことのほか簡単だ。ようは経験とそれから導き出される勘、とでも言うものだろうか。

 漫画なんかでもある『殺気』と言うやつ、アレを感じ取るのだ。冗談で言っているのではない、ある程度経験をつむと本当にそれが感じられ、頭にちりちりと焦げるような熱い感覚が生まれのだ。現に今も、バズーカを向けるヘルメスの殺気を感じた自分は考えるよりも早くブルーテイルを急に方向転換させ右へと走らせる。

 ブルーテイルの左側を通り過ぎていくバズーカの弾頭、それはこちらを破壊せんとする殺意が通り過ぎていくように感じられたが……終わりではない。直ぐに次の殺気がこちらへと向かってくる感覚に機体を動かすが今度は至近弾で、若干装甲にダメージを受けてしまった。自分は彼ほど殺気を読むという感覚は経験で負ける分鋭くない。

「くぁっ……!? っ、やっぱり彼ほどうまくは行きませんか…っ!!」

 反撃に右手に持ったデュアルレーザーライフルが二本の光弾を連射で撃ち出す。バズーカとは比べ物にならない速度で迫るそれをエメラルドタブレットは紙一重で交わし、次はあっさりとシールドで防いで見せた。経験で圧倒的に勝る彼にとってこの程度の攻撃は何の問題もない、すかさずミサイルをこちらに発射して弾幕を作るとその合間を正確な狙いでバズーカによる攻撃を加えてくる。

『どうした坊主。この程度ならルナ譲ちゃんのほうがガッツがあってよかったぞ。』

 この戦いを楽しむ余裕さえ感じられるヘルメスの声。自分はそれに悔しいとおもう反面、小さく笑みを浮かべて同じように楽しんでいることが分った。バズーカを回避すると同時にまたマイクロミサイルを放つ。

「まだ勝負は終ってません!!」

さらにOBのスイッチを入れ、コア後方のハッチが開かれるとブースターにエネルギーがチャージされ次の一瞬で凄まじい速さの世界へとブルーテイルを叩き込んだ。

 向かってくるマイクロミサイルをガードするためにシールドをかざし、エネルギーを展開するエメラルドタブレット。また命中して黒煙を生み出すと、それを切り裂いて何か飛び出してきた。それはブルーテイルのデュアルレーザーライフルだ。OBを使ってマイクロミサイルの後を追うように突っ込んできた彼は無理矢理銃身をエメラルドタブレットの左肩に押し付けるとトリガーを引いた。

 ほぼゼロ距離で放たれた光弾が装甲で爆ぜ、光を生む。同時に小爆発が起こり回路が切断されたのか、エメラルドタブレットの左腕がだらりと下がった。これで防御がなくなり攻撃のチャンスだがブルーテイルのほうもデュアルレーザーライフルの砲身が溶解し、既にトリガーをひいても反応しなくなっている。迷うこともなくデュアルライフルを投棄すると同時に左腕のブレードを展開、OBの勢いのまま右肩からタックルするようにエメラルドタブレットに激突すれば切りかかろうとする。

 肩のターンブースターが潰れ凄まじい衝撃に歯を食いしばりつつ、左腕のブレード発生器から生まれた光がエメラルドタブレットの右腕を二の腕辺りから焼き斬り溶解させて切断する次の瞬間、エメラルドタブレットの肩が開いて吸着地雷を吐き出された。

『それはこっちの台詞だ、若造!!』

 接触回線で聞こえたヘルメスの覇気の通ったような声。それは直ぐにブルーテイルの装甲表面で連続爆発する地雷の轟音にかき消され、CPUは頭部とコアが中破したことを警告してくる。それを無視するとさらにブーストペダルも踏み込んで出力を全開にし、一気にエメラルドタブレットをその機体ごと壁に叩き付けた。アリーナの壁にめり込む、金属が擦れつぶれ軋む音が聞こえた頃にようやくジェネレーターの異常加熱により起動したリミッターがOBを停止した。

 AC二機ともが動かなくなったのと同時に壁や天井から火災を防ぐためにスプリンクラーが細かい雨を降らし、熱された装甲がそれを一瞬にして蒸発させ水蒸気を生む。肩で息をしながら操縦桿を必死で握っていたソイルの緊張が解いたのは目の前にあるモニターに表示された『WIN』という文字だった。直ぐにCPUが機体のシステムを戦闘モードから通常モードへとシフトさせ、武器が全てトリガーロックされる。

『ふん……ルナ嬢ちゃんといい、どうもヴォルフのところの子供は命知らずと見える。』

 何処となく満足そうな声が通信で聞こえてくる。それは目の前にいるエメラルドタブレットのヘルメスのものだった。

「……すみません、偉く無茶しちゃって……。」

『若いうちはそのくらいの勢いがあったほうがいいものだ。……しかしな、生き残りたいならもう少し自重もするべきだな。無茶と無知、無謀は確実に死を近付ける。』

 彼の忠告に小さく答えるとガクンっと、機体に感じる上へと引っ張り上げられる衝撃。こちらを救助するようにアリーナ側からMTがいつの間にか作業アームでブルーテイルをおこしているところだった。

『次はもう少しうまく立ち回れよ、若造。』

「努力しますよ、ヘルメス。」

 彼の雰囲気に何処となく父親という印象を重ねつつ、壁にめり込んだエメラルドタブレットが救助されるのを見送ったブルーテイルはアリーナドームからハンガーへと降りていった。


/3

 試合を終えレイブン用の待合室へと戻ってくる。部屋の前では一人、ルナが壁に寄りかかってこちらを待っていた。彼女はこちらに気がつくと壁から体を離してこちらへと歩いてくる。

「お帰り、ソイル。 ちゃんと勝った?」

 赤い髪を揺らしつつ、軽くこちらの顔を覗き込むように首をかしげた仕草が何処となく可愛い。笑顔で答えつつ頷くと彼女はおめでとう、と祝福の言葉をかけて少し汗で濡れた髪をわしわしと、まるで子供でも褒めるように頭をなでてきた。そこで少しだけ自分は汗臭くないかと感じ、彼女の手を止めさせるように握る。

「あ、今汗かいてるから……汗臭いですよ。」

「? 平気だよ? 僕ソイルの匂い好きだし。」

 どこかずれた答えを彼女言うと顔を近づけてクンクンと嗅いでくる。自分とは違ってふわりと甘いような彼女のにおい、顔を近づけて匂いをかぐその仕草は猫っぽい動物チックなものがあった。別に好きだといわれて嫌な思いはしないがさすがに汗臭い今の状態では恥かしいものがある。

「き、聞きようによってはちょっと怪しい台詞ですね。……そういえばヴォルフは?」

話を変えるように周囲を見回しつつ。彼女と一緒に来たはずの彼の姿が見えない。もしかするとヘルメスのところにでも行っているのだろうか?二人は昔からつながりのある知り合いであることは話に聞いていたから、もしかするとそうなのかもしれない。

「ああ、じっちゃんはさっき携帯電話がなって席外したっきり帰ってこないよ。こっちから電話しても出てくれないし……急な仕事でも入ったのかな?」

 自分の予想はあっさりと外れたようだが、まったく連絡がないのは珍しいことであった。もしかして本当に何かあったのか?緊急の用事というのに不安に思いつつもとりあえず待合室で彼を待つことにする。

 それからしばらくしてヴォルフは帰ってきたのだが。その表情はどこか硬く、重いものであった。

「お帰りなさいヴォルフ。……何かあったんですか?」

 さすがにその様子におかしいと感じ、声をかけると彼は無言でこちらに何かを投げてよこす。それは携帯端末であり、画面には映像ファイルが開けるような状況になっていた。

「みてみろソイル。次の仕事だ……。」

 テーブルに置いた端末。言われたとおりにファイルを開いて、驚きに目を見開く。そこに映し出された人物はあの研究機関主任の姿だったからだ。そして同時に彼の後ろ立っている人物、そこには見覚えがあるがいるはずのない人物が立っていた。

『やぁ、このファイルを見ているかい?No.7105……ソイル君。さぞ驚いているだろうね。今回この映像を送ったのは他でもない、君にしか出来ない実験…いや、ミッションを依頼するためだよ。依頼内容は、こちらの戦力との対戦だ。この以来を受けてくれるなら前払いでそちらの口座に報酬、そしてもうひとつの特別なご褒美もあげよう。』

「……ご褒美…だと?何だそれは……?」

 映像ファイルでしかないそれに呟いたところで意味がないとわかっていても呟いてしまう。

『もうひとつの報酬。それは今私の後ろにいる君の親友マーズとの再会と私を殺せる権利だ。』

「なっ!?」

 一言感じた言葉は狂っている、と言うものだった。彼は実験のためにこの依頼を出したというのに、それにさらに自分の命までかけるとはどういうことか。絶対に自分が殺されないという自信でもあるのだろうか?

『場所、時刻はこちらから指定させてもらうよ。こちらも色々と準備があるのでね……受けるかどうかはこちらのアドレスにメールをくれるだけでいい。ではソイル、良い答えを待っているよ。』

 自分の言うことだけを済ませたのか、映像ファイルはそこで終わりを告げてしまい。ただ携帯端末画面には「再度再生シマスカ?」と言う表示が出ているだけになった。

「……ソイル。どうする?……この仕事を請けるなら俺はそれなりの準備をするぞ?」

 ただ画面を見つめていた自分にそっと話しかけてくるヴォルフ。だが自分はどうすべきか直ぐに答えが出せないでいた。戦うべきか…?相手は場所や時間まで指定してきた、確実に罠がある可能性が高い。だがここでこの依頼を受けなくてこの先どうなる?ずっと彼らからの呪縛に縛られ、つながれながら自分は生きていくのだろうか?頬に冷たい汗が流れ落ちる感覚、不安のためか全身から冷たくなっていくように思えた。

 そんな時、腕に触れる暖かいものにはっとして顔を向ける。それはもちろんルナだった。彼女は震えていた手を握るとこちらに視線を向け、その目にはいつも通りの元気がみなぎっているように感じた。

「……行こうよ、ソイル。二人いれば怖くなんてないよ。」

「3人家族がそろえば尚のこと、な。」

 反対側の肩をヴォルフが叩く。二人の顔には笑みが浮かび、それを見た自分は自然と震えが止まりまた体温が戻ってきたような気が擦る。小さく呼吸を整えるように息を吐くと、携帯端末を操作してメールを指定されたアドレスで送信する。

「……二人の力、借りますよ。…そしてけりを着けますよ、この呪縛。」

 この選択が自分にとってどうなるのか、このときわかるはずもない。だが一ついえることは、もう後悔しないために動きたい。ただそれだけだった……。


あとがき

 何でか自分はヘルメスが好きなレイブンです。なんでか理由は不明ですが・・・多分親父キャラ好きなんだと思う。(ぇ

登場AC
エメラルドタブレット  &LS00572w02gE01Ea00k02F0aw0Hz7v5AXY4uy1P#
ブルーテイル(タイプ2)  &Ls0055E003G000w00ak02F0aw0G013GENE1W0F2#

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